紺野翅庵×

「あー……あー……」
 手足がジンジンと痺れるようだった。口を開いたまま閉じることも出来ず、よだれはぽたぽたと床を汚した。
 ソノ瞬間、世界が白く弾けるようだった。性器からはどぷどぷと何かが出ているが射精とは違う。
 気持ち良すぎる。後ろから掴まれたところだけが熱く、感覚があった。そこだけもげて、身体は溶けて消えてしまいそうに思った。
 下手な薬よりも気持ちいい。
 この幸福が永遠に続けばいいのに。


 二人でシャワーを浴びて、服に着替える。向葵の制服は無残なことになっていたから、オレの服を着せた。
 オレは普段から大きいサイズを着ていたから、オレより若干小さい向葵が着るとさらにぶかぶかになった。うーん、今すぐぶち犯したいくらいだが、同じくらい腹も減ってる。
 適当なファミレスに向葵のおごりで行ったあと、店を出たところで向葵の携帯に電話がかかってきた。
「……はい、向葵です……はい、うん、いや、知り合いと……違う、男の人、年上……え? なんで……はい、うん、はい、わかりました……はい」
 低めのテンションで返事をする向葵。敬語とタメ口が入り混じった不器用な会話だった。
「ごめん、兄貴が、朝帰りするなら相手の人に家まで送ってもらえって」
「ふうん?」
「じゃなきゃ家入れてくれないって……」
「オケオケ。なに、向葵のにいちゃんて過保護なの?」
「いや、今まで無関心だったのに、最近色々干渉してくるようになって……あ、前に灯とカラオケ行った時ぐらいからだ」
 向葵が思い出したように言って、それからちょっと気まずい空気が流れた。当たり前か。あの時は置き去りにしたわけだし。
「とりあえず家、こっちだから」
「はーい」
 それにしても、向葵の兄貴が、オレに家に来いと言っているわけだ。
 かなりやっかいそうだった。この場でバックレるのでもいい。向葵は家に入れてもらえなくなるけど、それならオレの家に来ればいい。
 そこまで考えたけれど、口にはしなかった。
「なー、向葵ん家でヤらない?」
「え?! うちはマジ無理、兄貴に殺される」
「そうなん? なんで? 兄貴もセックスぐらいすんだろ」
「いや、知らないよ。あの人恋人連れてきた事ないし」
「えー? インポなのか」
「えー、違うって。多分……でもインポかも」
 言いながら笑う向葵。普段頭が上がらないようだから、もしそうなら弱みを見つけたと喜んでいるみたいだ。
「したらさ、兄ちゃんのちんこしゃぶってやればいいじゃん。それでちんこ勃ったら、そいつ向葵に頭上がらなくなるぞ」
「えっ?! えー……ええ?! いやいや、無理無理無理。ない」
 一瞬考えたらしい向葵がブンブンと顔を振った。
「そんなに? 男なんかちんこしゃぶればスグだろ。一瞬だよ、一瞬」
「いやいや一瞬とかいう話じゃ無いから。うわ、兄貴のちんことか想像したくない」
 おえー、顔をしかめて言う向葵にオレは声を上げて笑った。
「でもまあ、兄貴とは仲良くなっといた方がいいぜ。大人になっちゃうとさ、甘えたい時に甘えられないから」
「灯も兄貴いるの?」
「義理のな。金とか借りてるけど。でも全然、話もしない。オレ嫌われてんのかな」
 はあ、と大きなため息を吐くと、向葵がオレの頭を撫でた。
「俺は灯のこと、好きだけど」
 少し目線を外して、何故か拗ねてるみたいに言う。
「はあー……向葵、セックスしよ」
「いやいやいや、公道ですけど?!」
「いいじゃん、向葵パンツ穿いてねーんだし。やる気満々かよ」
「ちょ、灯が貸してくれなかったからだろ、やめろ中覗くな」
「うわあ、超しゃぶりたい」
「あーもうおまわりさーん、変態がいますー」
「あ、やめてシャレにならない」
 そうやってゲラゲラ笑いながら道を歩く。まるで高校生に戻ったみたいだった。

 尻を撫でたり小突きあいながら歩いていると、急に真顔になった向葵が小さく、灯、と呼んだ。
 向葵の視線は真っ直ぐ前を見ていて、それを追うと、一つの家の前にスーツの男が立っている事に気付く。
 遠目から見ても目立つその男は、身長190にもなろうかという長身で、体格も良かった。真一文字に結んだ口はなんとなく向葵に似ている気がしたが、目元はキリッとしている。少し近寄りがたい雰囲気だ。
「えっと……ただいま」
「おかえり、向葵。お前からは後で話を聞くから、先に入ってなさい」
「でも、」
 男が視線で向葵を制す。蛇に睨まれた蛙みたいに固まって、ぎこちなくオレの方を向く。
「ごめん、灯」
 心底申し訳なさそうにする向葵に、笑顔を返して手を振る。向葵はもう一度ごめんと呟いて家の中に入っていく。
「向葵を送って来ていただき、ありがとうございます。そこまで送りますよ」
「……どうも」
 有無を言わさず、という感じだった。オレが仕方なしに頷くと、男が歩き出すのでそれに着いていく。
「私は向葵の兄で、紺野翅庵(コンノシアン)と申します。市長の父の仕事を手伝っています。失礼ですが、あなたのことを聞いても?」
 耳に心地よい低音の良い声が自己紹介する。こんなオレにすらきちんとした態度を取るのがすごいと思う。
「ああ、えっと紅谷灯、仕事は今ちょっとニートしてます。向葵は高校の後輩で、悩んでたみたいなんでちょっと話聞いたりそんな感じです」
 説明しながら、改めて思うと別に普通の関係だな、と思った。ちょっとリラックス出来るようにしてあげているだけだ。
「そうでしたか。父も母も忙しい人でなかなか話を聞いてやれなかったもので。ご迷惑をおかけしましたね」
「いや、まあオレも学生に戻ったみたいで楽しいからいいよ」
 どこまでが本気で言っているのか、翅庵は腹の底の読めない微笑みを浮かべて不気味だった。
 不意に、翅庵が自販機の前で立ち止まる。
「コーヒーでも飲みますか。こんなところでなんですが」
 そう言うと、小銭を入れてホットのコーヒーを買う。
 ガタン、取り出し口に落ちたコーヒー。プシュッ。翅庵が取り出すとそのままプルタブを上げ、オレに渡した。
「どうも」
 ガタン、それからもう一本、今度は自分で飲むように買ってプルタブを上げる。
 ごくん、と飲む翅庵の視線に促されてオレもごくんと一口飲んだ。
「紅谷さん、向葵はまだ未成年だ。して良い事と悪い事の判断はつかない」
 神妙な面持ちで翅庵が言う。この男が何をどこまで把握してるのかわからない。
 そういえばクロ達がオレのことを調べていた。依頼者は十中八九この男だろう。
「そうですね。朝帰りなんて、オレが早めに帰すべきでした」
 翅庵はごくりとコーヒーを飲むと、ため息をついた。オレも一口コーヒーを飲む。
「ええ、そーー……」
 二口目を口にした瞬間から世界に膜がかかったようだった。翅庵が何か言ったがよくわからない。
 身体の力が抜けていく。膝から落ちるより早く、手の中の缶が落ちていくよりも早く。
 オレの意識は深いところに落ちた。

 目覚めはここ最近で一番良いものだった。頭はスッキリとして、身体の倦怠感も無い。寝かされているベッドは良質のものらしい。少なくとも家の敷きっぱなしの布団や、カラオケの皮張りのソファーを重ねたって足元にも及ばないだろう。
 そんなここはどこなのか。眠る前後の記憶も無いから、自分が眠っていたのだと気付くのにすら時間がかかった。
 えっと、ああ、そうだ。向葵の兄貴、翅庵と話していて、貰ったコーヒーを飲んだんだ。記憶はそこまでで、間違いなくあのコーヒーに薬が入ってたんだろう。
 自販機で買ったコーヒーの蓋を開けてから渡されるのに違和感があったが、その動作があまりにも自然過ぎてつい受け取ってしまった。
 翅庵もコーヒーを飲むから、それに促されるようにオレも飲んで。
 でも、それだけじゃないのも確かだ。たとえ翅庵があからさまだったとしても、オレはコーヒーを受け取り飲んだに違いない。
 心の奥底で、罠にハマりたいと思っていたんだ。脳のタガはとっくに外れている。ちょっとやそっとの刺激じゃ足りないから、極上のスリルを望んでいた。

 扉には鍵がかかっていた。ベッドしかない六畳ほどの部屋をうろうろと探し回ったけれど、脱出ゲームのように隠しスイッチや鍵なんてない。
 現実はつまらない、なんてベッドに仰向けになっても、起きたばかりで眠気もない。もしかして、とベッドの下を探ったが、オモチャもローションも、ゴムすらない。
 どうしようかな、と考えていた時、ガチャリと扉の鍵が空いた。
 入ってきたのは、ラフな格好をした翅庵だった。
「起きていたのか」
「さっきね。この部屋何にも無くてつまんねーよ。ベッドしかない」
「必要ないからな」
「つまりヤり部屋ってこと? にしてはローションもゴムも無いけど」
 オレが言うと、翅庵は手に持っていたローションを見せた。
「ははは、マジか」
 思わず笑った。翅庵はローションをベッドに投げて、オレの横に座る。なにこれ、AV撮影でもしてるの?
「読めないんだけど、あんたオレとセックスするために薬まで使って拉致したってこと? ははは、ウケる、みんなオレのこと大好きかよ」
 どいつもこいつも盛りやがって、悪い気はしないけど。
「お前自身には興味無い」
 調子に乗ったオレを突き放すように翅庵が言った。オレも冗談だから気にしてないけど。
「お前、向葵に何をした? 調べさせてもらったよ。以前二人でカラオケに行ったことがあるんだろう。向葵はあの日から様子がおかしい。お前は薬物使用の常習者らしいしな。向葵にも薬を盛ったんだろ」
 至極真剣な表情で言う翅庵に、オレは少し戸惑った。向葵が言う兄貴の印象とはだいぶ違ったからだ。無関心なんて、どこがだ。
「ああ、なんだ。あんた、向葵のこと犯したかったんだ。それがオレに食われたから、嫉妬してんだ」
「そうじゃない」
「そうだろ? なんだよ、向葵に言ってやれば良かったのに。お前の事好きだからセックスしようって。愛してるんならそう言おうぜ?」
 翅庵の表情が歪む。ああ、良い、怒りでいいから、オレに向けてくれ。

「愛なんて知らないくせに、知った口を利くな」
 図星だったんだろう。翅庵はオレの肩を掴み、きつく睨みつけてくる。
「オレは、愛なんていらない。楽しくて気持ちよければいいんだよ」
 今が楽しければ良い。難しい事なんかいらない。オレがそう言うと、翅庵は鼻で笑った。
「愛なんていらない? ハッ。強がりにしか聞こえないな。誰も愛してくれないから拗ねて、薬まで使って愛されたがっている。それで心は満たされたか?」
「ちが……」
 そんなんじゃないと否定しようとすると、ベッドに強く押し付けられる。柔らかくて肌触りの良い布で、心地良さすらあった。
「愛されたいならもがいてみろよ。でもお前みたいな穢れた人間、可哀想に、誰も愛しちゃくれないさ」
 翅庵はオレに耳元で囁いた。まるで死神か悪魔だ。でも翅庵はオレのズボンを脱がし、手にローションを垂らした。
「そんな事言いながら、あんただってオレとセックスしたいんだろ?」
「お前には愛情なんてないからな。壊れていいおもちゃで試したかっただけだ」
 翅庵はそう言うと、ズボンとパンツをずるりと降ろし、性器を取り出す。
「は……嘘だろ」
 出てきたものを見て、思わずそう口にした。
 萎えてなお、手に余る巨大なそれは、太さはそれなりでも長さが今までで一番あった。
「やば……」
「は、お前は最早淫乱な下等生物だな」
 思わず手を伸ばすと翅庵が蔑んだ目で見た。
 でも今のオレにはそんなのどうでも良かった。翅庵の手にかかったローションと指を絡めて、翅庵のソレに触れる。
 数回扱くと固くなり、まだ余力を残しながらも、挿入するには十分に勃ち上がる。
 こんな凶器、向葵を壊してしまうし、女だって嫌がるに違いない。
 もっと固くなったらどこまで深く犯してくれるだろう。入ってはいけないところまで届くのでは?
 期待でオレの喉はゴクリと鳴る。

 壊れていいと言いながら、翅庵はオレの穴を丁寧に慣らした。二輪挿しやバイブで散々拡がった穴はすぐに翅庵の指を三本受け入れる。
「あ、ん、ん」
 オレは翅庵をしゃぶりながら小さく喘ぐ。
 翅庵のモノは大き過ぎて口に咥えられなかった。竿を舐めて扱きながら先端に吸い付く。
 こんなのでイラマチオされたら喉の奥まで突かれて気絶しそう。でもしてみたいと思うオレがいる。
「もういい。挿れるぞ」
 翅庵はオレを四つ這いにして、先端を当てがう。
 尻の谷間をヌルヌルと性器でなぞる。まるで中を突く予行練習みたいだ。それすら長いストロークで、ナカを突かれるのを想像したらキュンとした。
「力抜け」
 先端がぬるりと入る。長い長い挿入が始まった。

「はあ、はあっはあっ」
 ゆっくりと入ってくるソレに息が上がる。浅いところで抜き差しして、少しずつ進んだ。
「ああっんっん、ん、」
 前立腺を翅庵の先端が抉り、思わず身体が強張る。中から押し出されたように、オレ自身からカウパーがトロトロと零れ落ちる。口寂しくなって指を咥えた。
「締めるな、まだ半分も入ってないぞ」
「うそ、うそ、すごい、あっやばい、やばい」
 これでまだ半分?ふわふわの頭は語彙に乏しくなっていて馬鹿みたいな単語しか出てこない。
「ああ、ああっ、ああっ」
 翅庵はどんどん深くなっていく。奥に進むたびにオレの頭は白んでいった。
「はあっ……!あっっアッッ」
 トン、と優しくノックするみたいに、翅庵の先端が最奥を叩く。恐怖か期待で身体がぶるっと震える。頭の中は「やばい」でいっぱいだった。なにも考えられるわけがない。
「気持ち良いのか?」
 翅庵が最奥を突きながら聞いた。オレはうんうんと何度も頷く。中の翅庵を穴全体で感じながら、幸福な快感に酔いしれた。
「じゃあ、この先はお前にとって天国かもな」
 翅庵がオレの二の腕を掴み、腰を押し上げる。
 ああ、そんな、と思った。天国と言われたからだろうか、ジーザス、なんて言葉も頭を駆け巡る。
 ズン、と深く重い衝撃は思っていたより静かに、想像出来ないほどの刺激となって身体を貫いた。
「っっっあ……っあー……」
 超えてはいけない壁を翅庵が優しく貫く。S字結腸とかいうくびれを、翅庵が押し入った。
「あー……あ……」
 気持ちいいのか、そうでないかもわからない。頭の中が真っ白に弾けて、されるがままに揺さぶられる。
 手足がジンジンと痺れた。呼吸をするのを忘れてしまう。身体を満たす幸福感と、得体の知れない不安がいっぺんに襲ってくる。
 開いたまま閉じられない口からよだれが垂れ落ちた。頬をなぜか涙が流れ落ちる。気持ちよ過ぎて泣いている。
「感じているのか。お前は本当に凄いやつだな」
 翅庵が何か言っているが、頭に入らなかった。そんなオレを見て、翅庵はふふ、と笑い、二の腕を強く掴んでオレの上体を起こさせる。
「これで全部だ」
 ああ、まだあったなんて。お腹いっぱいなのに。でもまだ欲しい。
 ズグッ、尻餅をつくように翅庵の側に体重を乗せる。声も出ない。
「ははは、良い顔をしている」
 仰け反り、翅庵の肩に後頭部を擦り付けたいオレの顔を見て笑う。翅庵が心から楽しそうに笑っているから、少しはオレの事好きになったんじゃないの?なんて余計なことを考えて、一瞬でどうでも良くなる。
 翅庵の手が腹を撫でた。胎内を犯す翅庵の形をなぞるように、外からぐりぐり押され、それすら気持ち良い。
「お前もう、俺のペニス無しには満たされなくなったな」
 可哀想に、なんて憐れむふりをしながら、ベッドにうつ伏せにされる。翅庵が腰を動かして擦った。奥の、奥の、壁を超えた先を何度も擦る。
「あー……あー……」
 壊れちゃう、と快感に咽び泣きながら目をつぶった。翅庵が震えて、S字結腸の先に吐精したのだと思いながら意識を飛ばす。
 まるで死んだみたいに。