夢と現実の境界が曖昧で、今見えているものが夢なのか現実なのかわからなかった。
そのわからないものをぼんやり見つめている。
狭い部屋、窓から降り注ぐ朝日を浴びてきらきらと輝いている。他のものはぼやけているのに、兄貴だけははっきりと見えた。
オレにだけ見えている幻覚や幻じゃないのか。声を出して触れようものなら即座に消えてしまうんじゃないか。
頭の奥底ではそんな事を考えていたのかもしれない。
でもオレは、ただひたすらに兄貴を見つめていた。視線が奪われた。
そうやっていつまで見つめていたのか、兄貴も動かないから、延々と穏やかな時が流れた。実際には五分や十分に満たない時間だろうけど。
不意に、兄貴がこちらを見て視線がかち合う。兄貴はこちらを見ながらタバコを吸って、それからゆっくり立ち上がり歩いて来た。
「起きたか」
兄貴はベッドの端に座り、オレの頭を撫でた。目をつぶってその手にされるがまま撫でられる。気持ちいい。ずっとこのまま撫でて欲しい。
「気分は?」
「んっ……あ? んんっ」
悪くない、と答えようとして、ひどく掠れた音がした。驚いて何度か咳き込んでみたけれど、自分ですら音の拾えない声にしかならない。
「喉やられたか。風邪かな」
「んっ、ん、」
額の髪を上げて兄貴が額をくっ付ける。一気に体温が上がるのがわかった。やめろ、そんな漫画みたいなことを。意味のない事を。
「いっ……」
兄貴を押しのけようと腕を突っ張って、身体中が引き連れるように痛んだ。そういえば自分の身体はどうなっているのか、目と口以外がうまく動かないから、布団をめくることも出来なかった。
「か、……だ、」
「ん? 身体どうなってるか見たい? 結構エグい事になってるよ」
兄貴の手が掛け布団を持って半分ほどめくる。現れた自分の身体の悲惨な状態に、思わず悲鳴を上げそうになった。
前面の至る所に変色した噛み跡があった。胸も腹も、よく見れば性器にまで噛み跡が付いている。
見るだけで縮み上がるような跡だけど、かけらも覚えてはいない。きっと最中だって、痛みを快感と間違えて気持ちいいなんて叫んだに違いない。クスリマジヤベー、なんて事を今更思う。
身体中が痛すぎて個々の痛みはぼやけていた。ヒリヒリ、じんじんしてどこかが痛いという事しかわからなかった。
骨も軋むようだ。そういえば無理な体勢で縛られていた気がする。視線をやると、やっぱり赤黒く鬱血した痕が手首にあった。
「これなんかやばいな」
「ひあっ、あ」
兄貴の手が性器を握った。亀頭の歯型から裏筋を撫でて、根元の歯型に指を這わせる。敏感なところを触られ勃ちそうだったが、これだけ噛まれてるとうまく勃たないらしい。
昨日(?)兄貴を見て勃った気がしたけど、それも気のせいだったのかもしれない。
「痛そう……小便出来んの、こんなんで」
「ん……あ……」
兄貴が亀頭を指の腹で撫でた。穴をぐりぐりされると、身体中にビリビリと電気が走る。思わず悶えると身体のそこかしこが悲鳴を上げて痛くなる。
痛いのか気持ちいいのかわからないまま、何かがこみ上げるのを感じた。
「あっあっ、おし、っこ、ん、出る、からっ」
「え? おしっこか」
「んん……」
兄貴の指が蓋するように穴をギュッと押さえた。その刺激で身体がビクビク跳ねる。
今無理やりおしっこしたらどうなる、なんてやばい考え、しちゃダメだ。
「トイレ、そっちにあるから」
性器から手を離すから、それをわざわざ掴んで指を絡める。急に起き上がったから、目眩がした。
「ねえ、いいじゃん、ついでだからセックスしようよ」
兄貴の手の甲に頬擦りして、親指を舌で舐める。精一杯のセックスアピールしてから、自分の身体がどんな状況か思い出す。流石に噛み跡満載のグロい身体じゃ無理か。
兄貴はそんなオレをじっと見て、もう一方の手でオレの頭をわしわしと撫でた。
「まだラリってんのか」
「そう、ケツアナ疼いて仕方ないから、兄貴のちんこで埋めて」
「ははは、兄弟はセックスしないだろ」
兄弟はちんこだって握らないし、尿道を虐めたりしない。
とびきり優しい笑顔に今すぐ犯されたい。どうしてオレの事犯してくれないんだろう?そんなに魅力ない?なんてネガティブになるくらいなら、オレはもっと欲しがってみせる。
「いいじゃん、セックスする兄弟がいたって。相性ばっちりかもよ」
「ダメだな。小便漏らす子どもとは出来ません」
「まだ漏らしてないし……あっ」
下腹を押されて、先端がジリっと熱くなる。それはずるい。
「立てるか?」
「立てない。抱っこ」
やり過ぎかな、なんて思いながら甘えてみせる。今ならラリってるっていう免罪符があるから甘え放題だ。もちろん、お互い「フリ」だとわかっていても。
「ははは」
兄貴は笑いながらオレの開いた両腕に収まる形で、オレを抱きしめた。
「なんで笑うの?」
「いやさ、成人した立派な男の弟が抱っこーなんて可愛くねーな、って思ったけど。意外と可愛いから」
なんだそれ。でも可愛いならワンチャンあるだろ。兄貴の手が腰をしっかり抱くのなんて、そういう事だろ。なんて。
兄貴の身体はオレよりずっとがっしりしていて逞しい。首に鼻を擦り付けて嗅いだ匂いもオスっぽい。
流石に抱き上げる事は出来ないらしい。
「やっぱ抱っこ出来ん」
「えーじゃあここでシていい? おしっこの臭いって意外と興奮するよ」
「灯、見ないうちにビッチ感強くなったな」
「エロいでしょ」
「エロいエロい」
適当にあしらわれても、今は満足だった。
トイレに押し込まれて用を足した。終わったら呼べと言われたが、オレはそのまま自身を握る。
「かなと」
相変わらず掠れた声は、寝起きよりは幾分かマシになった。けれど、相変わらず聞き取りづらいくらいには掠れている。
「かなと」
それも悪くないな、と思った。求めている感じが強いし、なんだかセクシーな気がする。
「ん……あ、あ……」
パッと手を離した。どんなに気分を出してしごいてみても、少しも勃ち上がらない。
兄貴を呼んだ時に勃たせておけば、ついでだからと抜いてくれるかもしれないと思ったのに。
じゃあ後ろ触るか?前から手を伸ばして穴に触れようとした。ああ、うまく届かない、なんて格闘しているうちに、身体は前のめりになる。
「っっ」
ずでんっ、とトイレの前に身体を打ち付けた。その時、グキッと嫌な感触がする。
「どした、ヤク中」
がちゃ、と扉を開けた兄貴の言いようったらない。オレは這いつくばったまま、顔を上げた。動けない。
「大丈夫? どした」
オレの前にしゃがんで、頭をツンツンと指で突いてくる。視線の先は兄貴の股間しか見えない。ああ、もうしゃぶらせてよ。さっきからそんな事しか考えられない。
だってそうだろ。オレは兄貴に抱かれたい。
「飯作ったから食べるぞ」
兄貴の手が肩を掴んでオレを起き上がらせる。その時やっぱり右手が、なんだか不自然に痛んだ。
「……なんか服着るか」
未だ全裸でふらふらしていたオレに、ようやく兄貴がそう思ったらしい。トイレの前に立たせたまま、兄貴が壁にかかっていたシャツを取る。
「はいよ」
ズバッと頭から被され、腕をなんとか通す。サイズは大きいけれど股間がぎり隠れないくらいの裾丈だった。
「あ、後ろ前だ。ま、いーか。ほら、腹減ったから早く食おう」
「右手痛い」
「なんで? 今打ったのか」
こくこく頷くと、兄貴はオレの右手を取り眺める。
「ふーん、捻挫かな」
「ごはん食べさせてよ」
「お前右利きだっけ? でもトーストだから左手で食えるだろ」
テーブルには二つの皿に、それぞれ二枚のパン。バターとジャムが置かれていて、グラスには水が注がれていた。
兄貴が一方の椅子を引いてから、もう一方に座る。空いた椅子になんか座りたくないオレは、兄貴の膝に座った。
「食べさせてよ。それともオレを食べる?」
痛む右手を堪えながら兄貴の服を握り、見下ろす角度で首を傾げる。少しくらい興奮してくれたらいいのに、兄貴はジッと瞳を見つめ返すだけだった。
「食べにくくない?」
めっちゃパンくず落ちてきそう。兄貴はそんな事を言いながら、オレの腰を抱いて落ちないように支えてからパンを取る。そういう、時々ちょっと優しいところがオレには沁みてくる。
「はい、あーん」
折って畳まれたパンを差し出され、仕方ないから齧り付く。モグモグと食べている間に、兄貴も一枚食べ終えた。
パンだけじゃ満たされない、なんてチープな台詞、馬鹿らしくて言えやしない。
差し出されたパンを一口食べながら、腰をゆっくりと振った。兄貴の薄手の短パン。その裾から自身を差し込み、兄貴の太ももに擦り付ける。
自分の下半身が自分のものでないような違和感が怖かった。
そんなオレの口にパンを押し付けてくる。もう腹は減ってなかったが、仕方なくもう一口、もう一口と食べていく。
「ほら、動くなよパンくず落ちてる」
「兄貴、どうしよう、オレちんこ勃たなくなったかも」
さっきからずっと兄貴に擦り付けているのに、オレ自身は決して硬さを持たなかった。柔らかいままの肉棒をどれだけ擦り付けてみても、気持ち良くもないし興奮もしない。
「どうしよ、オレインポになるの?」
左手で布越しに性器を押さえてより兄貴の熱を感じた。それでもダメで、一度不安になるともう気分はただただ落ちていく。
ガタン、と皿の避けられた机に押し倒される。急に現れた天井の蛍光灯が眩しい。目を瞬かせていると、視界に兄貴が入り込む。
右手の指で柔らかくなったマーガリンを掬って、後ろの穴に塗り込んだ。
ぬぷ、兄貴の指がゆっくりと中に入り込む。ぬぽぬぽと優しい抽出だった。
「灯、どこが一番好き?」
兄貴はオレのを左手に持ち、頬擦りして竿にチュッとキスした。エロ過ぎる仕草に、でも柔らかいままのそれは先走りすら流さない。
「は、あ、兄貴、口にキスして兄貴、お願い」
兄貴の頭を撫でてねだる。溶けてぐずぐずになってしまうような、深い深いキスが欲しい。
でも兄貴は竿に口付け、カリに口付け、弱い先端をチロチロと舐めるだけだった。
「あ……あ……なんで……いいじゃん」
もう気持ちなんて篭ってなくていい。形だけでいいから、目覚めのキスをして欲しい。
「まあ落ち込むなよ、今は疲れてるだけだろ。最悪バイ○グラとかあるし、平気だって」
結局前立腺を押されようと、兄貴にしゃぶられようと、オレの性器は硬くならなかった。半勃ちくらいには一瞬なったが、すぐまた萎えてしまう。
慰めに兄貴が頬にキスをした。オレは不貞腐れて何も言わない。
今までこんなこと無かったのに。自身が勃たないだけで、こんな不安になるなんて。
「ねえ、一回でいいからオレとセックスしてよ。兄貴のちんこ、オレに入れてよ……」
手を握って懇願する。きっと叶わないけれど、縋る思いで言った。
兄貴はそんなオレを突き放すことも嘲笑うこともしないで、オレの頭を胸に抱いた。兄貴の手がオレの頭と背中を撫でる。
「なんか今のお前、すごく不憫だよ」
兄貴が言った。オレもそう思う。
ひとつのベッドに二人で眠るのはとても窮屈だった。それでも存分に兄貴の腕枕と厚い胸板を楽しみながら、うつらうつらと夜を過ごす。
早いうちに電気は消されたが、気持ちは昂ぶっていた。一緒のベッドで眠るのにセックスしないなんてあり得ない。でもしょうがないのだ、今のオレは不能だから。
どれくらいの時間が経ったのか、兄貴がモゾモゾと起き上がる。深夜なのは確実で、ポツポツと降り出した雨が窓に当たる音がした。
「兄貴、どっか行くの」
「起きてたか」
「寝れない」
兄貴の服を握ると、兄貴の手がそれを優しく解いた。目の上に手を乗せられ、視界が手のひらに覆われる。
「仕事行ってくる」
「じゃあ行ってらっしゃいのちゅー、してあげる」
手を伸ばして兄貴の顔に触れると、その手のひらにキスされた。オレはそのまま腕を回し、起き上がってハグする。
「兄貴はオレの事嫌いなの?」
「可愛い弟だと思ってるよ」
「弟じゃなかったら? 犯したい?」
ぽんぽんと、兄貴の手がオレの背中を一定のリズムで叩く。子供をあやすみたいに。
「犯したい」
少し間を置いて、小さく呟いた言葉に、オレはそれだけで腰が砕けそうになる。
耳が、脳が犯された気分だ。
「じゃあ犯してよ、今すぐ」
「もう仕事だから」
仕事がなければしてくれるのか?益々興奮して眠れそうにないオレは、期待でおかしくなりそうだった。
「灯。俺が帰ったらしよう。その時は全部、したい事しよう」
兄貴が前のめりになって、抱きついたままのオレをベッドに寝かす。したい事しよう、って言った。夢じゃないよな?オレの悲しい妄想だったら、もう、オレは起きた瞬間兄貴を襲う。
離れて行く兄貴の表情はどこか切なくて、まるで今生の別れみたいに思えた。
「お願い、キスだけ今して」
兄貴の手がオレの髪を撫で、それから触れるだけのキスをする。
行ってきます、と言う兄貴の背中を見送りながら、泣きたくなった。
ほとんど何もない部屋を漁って、一袋だけクスリを見つける。クスリさえあれば勃つかもしれない。もっと楽しくなりたい。
見え見えの罠も裏切りも、わからないままに終わりたい。
「あ……あ……」
クスリを吸って、脳から分泌される楽しい成分に身体がビリビリ痺れて行くのを感じた。
兄貴のキスを思い出しながら後ろの穴を弄る。兄貴の匂いのするベッドに、萎えたままの自身を擦り付けたい。
「ああっあっ」
後ろの穴に入れた指を抜き差ししながら、兄貴に犯される自分を妄想した。後ろから深いとこまで、脳の奥まで犯されたい。
愛なんていらないけど、兄貴はオレの初恋の人だから。
ガチャガチャガチャ、バタン。
「紅谷灯、動くな。未成年略取の疑いで逮捕する」
「紅谷灯確保しました。被疑者薬物使用の疑い」
おしりにいれた指が引き抜かれて、あんっ、なんて喘いだ。おしりのあな寂しいからおじさん、ちんぽいれてくれるの?オレが言うと蔑んだ目で見てくる。みんな怖い。みんなオレの事嫌いなんだ。兄貴だって嘘吐きだ。うそうそうそうそ