彼との連絡が途絶えて三年が経った。その月日は砂時計が砂を落とすよりも早く思えた。
大学を卒業して、無難に就職し、忙しない日々をこなしていく。何もない僕には、その生活さえ仕事のようにただこなしていく。
退屈な毎日だった。僕は彼に焦がれていた。
僕は彼を恐れていたくせに、いなくなって今さら、胸の奥であの日々が燻る炎のように揺れていた。
家は引っ越し、携帯を変えた。電話番号だけは変えられなかった。僕の携帯の電話帳には彼の番号が今でも残っていた。掛けられるわけでもないのに、いつかなにかのきっかけで電話をかけるかもしれない。彼から電話がかかってくるかもしれない。
またあの頃のように、あの日々が……。
そんな風に思い続けて、そうやって三年が経った。
pllll...pllll...
仕事の帰り、電車を待つ駅のホームで電話が鳴り響く。登録のない携帯番号で、訝しんでいると電話は切れてしまう。
誰だろう、と携帯の画面に触れた瞬間、再び電話は鳴り、通話ボタンが押されてしまった。
『士郎(シロウ)?』
「え……」
電話口から聞こえる声。脳の芯を揺さぶるような、僕を呼ぶ声。
『この番号、士郎だろ』
「あ……う、は、はい」
『俺ーー覚えてる?』
彼だった。
電話だからだろうか、僕の知っている声とは少し違って聞こえた。けれど、彼だった。一言目を、僕の名前を呼ぶ寸前の空気感で、僕は不思議と確信していた。そしてそれは正解だった。
『今なにしてる?』
「仕事の帰りで」
『電車?どこにいんの』
「ーー駅の」
『ああ、やっぱり』
電話の向こうで彼は笑っているようだった。なにがやっぱりなのかわからなかった。誰か他に人がいるのか、後ろの方で声が聞こえた気がした。
『もう終電?』
「そうだけど」
『俺、その隣の駅で乗るから後ろの方にいてくれる?』
「……わかった」
『じゃあまた』
プツリと電話は切られ、頃合いを見計らったように電車がホームに滑り込む。その風で、高まった熱が冷めていくようだった。
どうして今、突然。
急に連絡を途絶えさせたのに、まるでその前の日の続きみたいに電話をかけてきた。
怒りでも喜びでもない。もやもやとしたものが胸を包み込むようだった。
会って、それで、その後は?また三年前みたいに、突然終わりを告げるのだろうか。
そんな事を考えながら、電車に乗り込んだ僕の足は自然と指定された後ろの車両に向かっていた。一番後ろから二両目、他に人のいない車両の席に座り、窓の外を眺める。
真っ暗な夜の街に、ちらほらと灯りが見える。住宅街で、日も変わる時間だった。電気の点いている家は少ない。
暗い窓が鏡のようになって僕の顔を映した。どこか喜んでいるように思えた。
僕はずっと、あの日の続きを望んでいたのだ。
プシューー。
「ああ、いたいた。士郎」
次の駅に着いて、僕の座る場所から二つほど離れたドアから彼が乗り込んだ。
紛れもなく彼だった。
今はまだ大学生なのだろうか、私服にダウンジャケットを着ていて、髪は短めにさっぱりとしている。
少し肉付きがよくなっていた。大きな変化はないようだった。あの頃のままのようにも思えた。
そんな観察をしている内に彼は電車に乗り込み、僕の方へ歩いてくる。
そこで僕の背筋はゾクッとした。
彼は後ろに、四、五人の同年代の男を引き連れていた。少しがたいのいい男や、端正な顔立ちの男、彼とどんな付き合いがあるのか僕には想像もつかなかった。
「久しぶり。すっかり社会人っぽくなってるな」
彼は僕の前に立つと、僕の頭を撫でた。後ろに立つ男たちはジロジロと値踏みするように僕を見た。
「このあいだ電車で士郎のこと見つけてさ。そしたら会いたくなっちゃって」
僕は怖くなった。彼の、周りの男たちの、ギラギラとした視線が。それににわかに興奮を覚えている、僕自身が。
「ふ、あ、あ、あ、」
吊り革に手をそれぞれ括られ、僕は後ろから、名前も知らない男に穿たれていた。たくし上げたトレンチコートも、足元にまとめて下ろされたスーツもしわと埃と精液で汚れている。
彼からの連絡が途絶えて優に三年間触れてこなかった内壁を、容赦なく肉棒が責め立てる。僕は喘ぎながら開いたままの口からよだれが垂れ落ちるのも堪えられない。
「上も下もだらしないな」
「あっあ……」
濡れそぼった先端を、僕の前の席に座る彼が指で撫で付ける。ビリビリと身体が震えて、ビュルッと少量の汁が彼の手を汚した。
「いやらしい」
口元に、汚れた彼の指を差し出され、僕は当然のように口に含んだ。しゃぶりついて、その指をまるで性器のように愛でる。
「士郎?そのちんぽで何本目だよ」
「ああっああっあ」
彼は立ち上がり、僕の腕が括られた吊り革を掴んだ。重なる手の指に心惹かれていると、男に犯されている後ろの穴を彼の指が撫でた。
開かれて伸ばされた淵を擦られると、僕はいやらしく汁を飛ばした。
もう何本目だろうか、わからない。彼の性器だけはまだ貰えていなかった。
「誰のちんぽでもいいんだよな、士郎」
彼の手が僕の顎を掴んだ。
少し怒っているのかもしれない。掴まれた顎がギリギリと、骨の軋むような痛みを覚える。
こんな目に合わせているのは彼なのに、いやらしく善がる僕を怒っている。それがなんだか滑稽に思えた。
ガツッ。
「がっふ……」
「くっ締め付けヤバ」
僕を犯す男がひっそり呻いた。
僕は一瞬世界が真っ白になったようだった。なにが起きたのかわからなかった。
「痛かったか?」
彼の指が僕の鼻を撫でた。ジンジンと痛む。そこでようやく、僕は殴られた事に気付いた。
「鼻血垂らす士郎、見た事なかったから」
ぱたり、ぱたりと床に血が落ちた。体温と同じそれが肌を撫でても気付かなかったようだ。
僕は鼻血を出していた。彼の指がそれを撫でて、顔を汚す。
「思った通り、いい顔してる」
「ん、ん」
彼の手がまた顎を掴み、彼は僕に口付けた。鉄臭いキスは僕の鼻血だけじゃなかった。彼が僕の舌を噛んだ。血が出るまで。
血塗れのキスに、僕は脳まで沸騰しそうだった。
「士郎」
ドアが風でがたがた揺れ、僕の背中を叩く。右足はドア横の手すりにかけ、爪先立ちに近い左足は攣りそうだ。彼は僕を正面から犯した。散々汚された穴を、彼も汚した。
「またこうして遊ぼう」
ついには左足も抱えられ、ドアに背を預け浮いた状態で揺さぶられる。僕は不安定な体位に、落ちまいと彼にしがみついた。
力の入った穴が彼を締め付ける。散々男を受け入れたくせに、彼の性器が一番しっくりきた。きっと三年前に、そう躾けられたのだろう。
「うん……」
そうだ、これは遊びなのだ。耐え難いほどの快楽を貪る、至福の遊び。
「今度は……」
彼がなにか言いかけて口を噤んだ。
僕は目を瞑って揺さぶりに身をまかせる。
これからの日々に想いを馳せる。
胎内に放たれた新たな熱に、僕は震えた。僕は結局、この快楽からは逃れやしないのだ。
終わり