七夕

 仰いで見た満天の星空に、心がざわめいた。
 青と黒の折混ざる深い高い空に、粉ふるいで落としたような細かい星々が川のようになっている。
 天の川。
 その光景に息を飲んだ。美し過ぎて、怖かった。

 空の美しさに呆然としていると、頭側に座っていた男に腕を押さえつけられる。横から現れた男が顔に跨り、口に男性器を押し込んできた。
 レイプだった。
「歯ァ立てんなよクソガキが」
 前髪を掴まれ、喉奥を突かれる。苦しさと気持ち悪さに胃液が出てきたが、それも男性器で押し返され喉が焼けるようだった。
「ああ、やべえ、こいつ処女だ」
 衣服を剥ぎ取られた下半身が押し開かれ、股間も後ろの秘部も晒される。
 星が照らすこの世界は明るくて、残酷だった。
「いいかなぁ?処女ケツこのまま突っ込んで、なあ、いいかなぁ」
 脚側にいる男が穴に指をかけ、穴を引きつらせるように開いた。外気に内壁が少し触れただけで、身体は恐怖に縮こまる。
「一人目で壊したら使えねえだろ。慣らせ、そんで愉しませろ」
「ちぇっ」

 なにをされているのか、実際のところはよくわからなかった。されるがままとはその事で、相手が三人いて、身体を壊されていく事しか感じられなかった。
 なぜ、どうしてこんな目に遭ってるのか。
 不幸で不運で、だから外には出たくなかった。

 ぬるりとした細い指が後ろの穴に触れた。指は穴の周りをくるくるとなぞると、窄まりをきゅうっと押すように指をめり込ませた。
 ぬるぬるの潤滑油が効いているのか、穴はすんなりと指を受け入れた。
 男はその指で穴の縁をぐいっと下に引き下げる。出来た隙間に細い先端が突き出たボトルを差し込む。
 どぷっ。
 どろりとした、液体と固体の間のものが穴を逆流して満たしていく。
 それはなんとも、気持ちの悪い感覚だった。

 注入が終わるとボトルは抜かれ、指が動き出す。抜いたり差したり、抜いたり差したり、やがて解れた穴に、2本目の指が差し込まれる。
 心なしか穴が異様に熱い気がした。熱くて、触れられると身体がびくりと跳ねる。
 身体がおかしくなっていく。星空の下で、壊されていく。

 引きこもりだった。小学校の終わりくらいから今日までおよそ7年間、引きこもっていた。
 人と触れることも話すことも逃げてきた。
 狭い六畳間が世界の全てだった。

「くっうっ」
「んっ喉締まったな。こいつ感じてる」
 じわりとした感覚だった。不鮮明で、いくつもフィルターをかけたように、どこか奇妙な感覚だった。
 それでも、身体が反応を示し出す。そこに触れられると身体の奥から何かがあふれ出るようだった。
「ん?ここか」
「おっあっ」
 擦り傷を塩で擦られるみたいに、頭で堪えようとしてもそれはできない。生理的な反応だった。
 痛いわけではないのに、全身にビリっと電気が走るよう。
 当たり前で生理的な反応に、戸惑う。
「腕の力つええ」
 腕を抑える男が言った。身体中が熱くて、汗が吹き出た。
「もういいよな?いいだろ、こんなとろとろなんだから」
 穴を横に拡げられる。身体に力が入ると、穴がヒクヒクと蠕くのが自分でわかった。縁が、広げる指に触れる。
「お前だって欲しいんだろ」
 口に性器を押し込むそいつが、頬を撫でた。
 欲しくない。でも、物足りなさに身体は欲していた。

「おっう……うっ」
「はあ、はあ、やばい、ああっ」
 少しずつ奥まで捩込まれる。痛くない。圧迫感が怖くて、苦しいだけだ。それに、触れられたくないところに熱が迫っている。
「やばい、まじ名器……っく、う、」
「もうイくのかよ早漏」
「ごふっう、っうっ」
「早く穴変われよ、俺だけ生殺しだ」
 喉を突かれ、下の穴は浅いところで抜き差しされる。身体に力が入ると、腕を押さえる男の力が強まった。
 身体に触れて絡まる熱が、つぶさに感じられるようだった。
 おかしくなる、おかしくなっている。身体が中から、グズグズに腐り落ちていく。

「はー出した出した」
「一人二周は回したしな」
「俺3回ずつした」
「まだ残ってる?最後ぶっかけようぜ」
 泥のように身体が重い。三人が、そこに最後の飛沫をかける。三人は満足気に笑う。
「はは、ほら、天の川みたい」
 カシャカシャと撮影音をさせて、携帯のカメラで写真を撮られる。
 長くて短い、永遠に続く地獄のような一瞬だった。
 ことが終われば、瞬きをする間の出来事のよう。頭と心はすっぽり抜けて、目に映るのはやっぱり空の、天の川だった。

 約束だった。
 小学生の頃、近所に年上のお兄さんがいて、その人は18歳だった。
 その人が好きだった。男同士だけど、結婚したかった。ずっと一生傍にいたい、そう思った。
 その日は七夕祭りの夜で、出店を二人で回って歩いた。満天の星空を見上げながら言ったんだ。
「セイちゃん、ぼく、セイちゃんがすき」
 手を繋いでくれたのが嬉しかった。
 わたがしを買ってくれたし、カキ氷を二人で分けて食べた。
 そんな事をしてくれるのは、セイちゃんもぼくを好きだと、思った。
「けっこんしたい」
 星がキラキラ瞬く空の下で、セイちゃんの瞳もキラキラ瞬いて見えた。セイちゃんの目に映るぼくは、キラキラしていただろうか。
「僕もリョウくんが好きだよ」
 セイちゃんはぼくの手を取って、そう笑ってくれた。星明かりしかなかったけど、ちゃんとセイちゃんは笑っていたんだ。
「でもリョウくんが結婚出来るのは18歳になってからだ。それに、男同士は結婚できないんだ」
 どうして、とか、反論しようとしたぼくの口を、セイちゃんは人差し指で触れた。しーっ、とやるポーズを取らされたぼくは、自然と口をつぐむ。
「でもリョウくんが18歳になる頃、僕たちは結婚できるようになってるかもしれない。だから、18歳になったら、きっと結婚しよう」
 セイちゃんは跪いて、ぼくの小指とセイちゃんの小指を結んだ。指切りで誓いを交わした。
「リョウくんが18歳になったら、ここで結婚しよう。約束だよ」

 優しい嘘か、無責任な誓いか、わからない。
 今思えば優しくしてくれたのだって、年上として面倒を見てくれただけだったのかもしれない。
 それでも好きだった。嘘でも誓った。
 あれきり連絡を取らなくなったセイちゃんに、幼い頃の約束に縋る思いで、七夕の夜あの場所に戻った。
 そこにセイちゃんの姿はなく、地元の不良か、三人に襲われた。
 無残に汚されたシャツとズボンを着なおして、その場を後にする。
 セイちゃんの家はここからそう遠くない。引っ越したのか、忘れてしまったのか。それともくだらない嘘だったのか。
 一目だけでもセイちゃんに会いたかった。

「……涼(リョウ)くん」
 その家はどこか暗い雰囲気だった。約束した場所から5分の距離のそこに辿り着く。
 セイちゃんの家はあの時のまま、そこにあって、考える事もせずにチャイムを押していた。
 中から出てきたのは、少し年を取ったセイちゃんのお母さんだった。
「涼くん、元気にしていたのね……あら、怪我してる……?」
「大丈夫です。それより、セイちゃん……」
「……ええ、上がって」
 セイちゃんのお母さんは、そう言って家の中にぼくを招いた。




「あれから七年ね。瑆(セイ)が……亡くなってから」

 仏壇にセイちゃんの写真が飾ってある。線香が挙げられていて、桃が置いてある。
 ぼくの頭の中に、次々と蘇る。
 セイちゃんは七年前、死んだんだ。この家のセイちゃんの部屋で、首を吊って。
 ぼくは、だからそれがショックで、家からも部屋からも出られなくなった。
 セイちゃんは死んだんだ。
 ぼくを残して。

「セイちゃんの部屋、入ってもいいですか」
「ええ、いいわよ。……あの時からそのままにしてるから」
「ありがとうございます」

 二階に上がって左側の部屋。扉を開くと、中は片付いている。
 綺麗に整ったベッドも、几帳面に教科書が立てられた勉強机も。なにもかもがセイちゃんらしい。
 部屋の真ん中に立って周りを見渡す。
 そこから立って窓の方を向く。外には満天の星空が瞬いた。

 ああ、そうか、セイちゃんはそこで待っていたんだ。
 ぼくが18になるのを待っていてくれたんだ。
 その川の向こうで、ずっと。

「セイちゃん、お待たせ。今行くよ」

 空では星屑を流した天の川がキラキラと光をこぼしていた。
 いま会いに行くよ、天の川を渡って。

終わり