『よく出来たわね。次もその調子でがんばるのよ』
100点を取ったとき、そう褒められた。僕の100点は、次も100点でないと価値なんかないらしい。
だから僕は今日も、みんながドッヂボールをしてる中、机にかじりついて勉強した。僕の100点は、みんなとのドッヂボールを糧に出来ている。
「わりー、あつし、ボール取って」
教室から出遅れたジュンが僕に言った。僕はジュンを見て、それから僕の周りを見て、ボールなんて見当たらないから、机に視線を戻した。
「なんだよ、あつし。取ってくれてもいいじゃん」
ジュンはそういうと、僕の前まで来た。
「……だって、ボールなんてないし」
「あれ?ほんとだ。なかった」
悪い悪いとジュンは笑って、教室から出て行った。
僕はジュンが嫌いだ。テストはいつも0点。だけど女の子も男の子も、みんなジュンの周りにいる。
勉強が出来て褒めてくれるのは大人だけだ。その大人だって、僕が1点でもミスすれば見捨ててしまうんだ。
胸がきゅっと痛くなった。僕の価値は、なんて、考えたくない。
「あつし」
「え、」
行ってしまったと思っていたジュンが僕を呼んだ。真横にいて、僕の、情けない顔を見ている。
「……やだ、見ないでよ」
僕はみっともなくなって、顔を手で覆った。苦しくて苦しくて、僕は涙が止まらなくなった。
「じゃあ見ない」
見ない、そう言いながら僕の手を外した。見ないでよ。恥ずかしい僕を見ないで。
するとジュンが僕の頭を抱きしめた。太陽の日差しを浴びた、少し汗臭いシャツが僕の視界を覆った。
「俺さ。勉強ホントにダメなんだ。やってもわかんないし、机の前に座ると叫びたくなる。ビョーキかもしれないって」
ジュンがゆっくり話し出した。ドクドクと脈打つ心臓の音が、皮膚から伝わってくる。
「だからあつしが羨ましかった。だって先生から褒められて、みんながすげーって言うし、俺も、すげーって思う」
ジュンがそう言うのが、僕は少し、いや、凄く、嬉しかった。だって僕はジュンが羨ましかったんだ。スポーツが出来て、みんなと仲が良くて。
そのジュンが僕をすごいって、思ってくれてるんだ。耳が熱くなった。
「俺さ、勉強は諦めちゃったんだ。だってあつしが100点取ったら、いいんだ。だから俺は、俺の出来ること精一杯頑張ることにした」
ジュンの腕に少し力が入る。ジュンは僕をぎゅっと抱きしめる。
「あつしが勉強で、俺がスポーツで、二人で一つでいいんじゃないかって、そう思うんだ」
「……うん」
ジュンがジュンのがんばれることを、僕が僕のがんばれることをしたら、きっと、いいんじゃないかって、僕も思った。
「でさ、今は辛いんならあつしもドッヂ、やろーよ。たまには、いいんじゃない?」
ジュンは太陽の光を浴びたひまわりみたいに笑った。それが眩しくて、僕は目がくらんだ。
「赤点回避できるくらいは取れるように勉強教えてくれない?」
「……じゃあ僕にも、水泳教えて?」
僕たちはそれから、二人で一つになった。
終わり