兄思う弟

 人のいい兄は愚かだと思う。
 毎晩毎晩クラスメートに押し掛けられてはベッドの上でギシギシアンアン。薄い壁越しに聞こえるのは兄の喘ぎではない。終わった後はさっさと帰って、ぐすぐす泣いてる兄は俺に笑って取り繕う。
「夕飯買ってくる、何食べたい?」
 うちは母子家庭なのに育ち盛りの男が二人もいる。それが悪いんだろうか。
 度々男に身体を売っているのは知っていた。狭い世間では噂はすぐに耳に入る。近所でパートして朝から深夜まで働いている母だって、知っているのではないか。
 その噂は巡り巡ってクラスメートに届いたようで、男に身体を売っている事をネタに毎晩毎晩犯されていた。写真を撮られてそれをまたネタに犯されて、せっかく身体を売って手にした金だって奪われて。
「あんた何がしたいの」
 俺の素朴な疑問に、兄は目を見開いた。
「えっと、なにって……」
 顔に手を当て、目を伏せて、震える声が聞き返した。
 名前だって呼ばなくなった。顔だって見なくなった。嫌悪感だろうか。
 それとも、罪悪感だろうか。
「なんのために生きてるの」
 俺の言葉に眉尻が下がり、目元を手で覆う。つつ、と伝う涙が落ち切らないよう、指先で拭っても、それは次から次へと落ちていき間に合わない。
「な、んのって……」
 涙は次から次へと溢れ、頬に川を作り顎で滴り落ちる。
「身体売ってまで俺のこと育ててくれてありがとう」
 俺の言葉に兄の身体がビクッとする。
「それとも、そんな事やめろって、手を握って連れ出したらいい?」
 手をどけて、俺を見る兄はきょとんとしている。涙は一旦落ち着いて、瞳だけが濡れていた。
「俺はあんたがちゃんと笑ってくれるなら、なんでもいいよ」
 身体を売ってまで金を稼いで、家計の足しにして俺の面倒を必死に見てる。そこまでしてくれなんて思っていない。だけれど俺は、それを跳ね除けて一人で生きて行くだけの力なんてまだなかった。甘えて、頼って、こんな俺の面倒を見るなんて、兄は人が良すぎる。
「どうしたらいい」
 こんな時でさえ兄に選択を促す。ああ、こんなんじゃ駄目だ。
「違う……あんたのこと助けたいんだ。だって俺だって、家族だろ」
 俺ばっかりが甘やかされていた。そこにあぐらをかいてきて、なにを今更だ。でも、今からじゃ遅いのか?
「もう、身体売るのやめろ。あいつらとも会うな。逃げられないなら俺が助けるから。二人でバイトすればいいじゃん。高校出たら就職するよ。俺を一人にするなよ」
 最後の方は自分がなにを言ってるのかもわからなかった。
 でも、泣きながら笑った兄の顔が見れたから、間違ってはいないのだろう。


「はあ、俺、一度こういうことしたかったんだよね」
 兄の交友関係を切るのは難しい事じゃなかった。セックスに耽るバカを背後から殴り、痛みにのたうちまわる所をベッドに括り付ける。
「俺は男で勃起する趣味じゃあないから、オモチャで我慢してくれよ」
「ま、待て、待ってくれ、やめろ、」
 青ざめた顔で喚き出す。
 馬鹿みたいに太い、男性器を模した玩具をそいつのケツに当てがう。ローションなんて付けないけれど、痛い思いをするのはこいつだけだ。
「ああ、もう待ちきれない、なんてね」
「ぎっ」
 上がった絶叫に興奮しそうだなんて、バレたら兄に嫌われるかな。
 右手でオモチャを捻ると、もう一度鳴き声混じりの悲鳴が上がる。ああ、携帯のカメラ回してる兄も楽しそう。
 その心からの笑顔、見れて良かったよ。

終わり