ガムテープよりは粘着の弱い、白いテープが一周巻き付けられる。キツくなく、緩くもないが、場所が場所だけに不安になった。
シュッ、と二ヶ所にそれが着け終わり、養護教諭の逸見(イツミ)は満足気に俺を見た。
「このまま体育、ちゃんと出ろよ」
「あぐっ……」
ピシッと先端を指で弾かれ、思わず呻く。
白いテープで二ヶ所、ローターを巻き止められたのは紛れもない自分の性器で、睾丸の下と竿の裏にそれぞれ。重さで傾ぐ自身がなんとも情けない。ワイヤレスのリモコンは逸見が握っており、今は動いてはいない。下着だって、最初に剥ぎ取られてからは、逸見のズボンのポケットにしまわれた。
「……こんなんじゃ出来ません」
今は昼休み。それが終われば五限の体育では、マラソンで学校の外周を走らされる予定だった。
普段から体力に自信がなかったが、こんなものを付けて走れるわけがないし、大体見た目にも目立ってしまう。
「はい、こっちのシャツに着替えて」
逸見はデスクに置いてあったシャツを押し付けた。言いたい事は色々あるが、何一つ聞き入れられないだろうから、俺は無言でシャツに着替える。
ほのかにする甘い匂いは、逸見が好んで吸う煙草の匂いだった。これは、逸見の私物のシャツなのだろう。
スポンと頭を出してシャツを下ろすと、丈が長く腿あたりまであった。養護教諭のくせにソコソコガタイが良く、腹筋もうっすら割れている逸見に比べれば、平均身長そこそこの俺はそれはもう惨めな体格差だ。とはいえ、これではあまりにもぶかぶか過ぎる。
「はは、彼シャツみたい」
「彼氏じゃない」
俺が否定すると、ニヤッと笑った。それから、おもちゃを取り付けられた性器にシャツの裾を引っ掛ける。
「ん……」
「これなら隠れるだろ。まあ、イったら濡れて漏らしてるみたいになるからそれは気を付けろよ」
「そういう問題じゃ……」
俺が抗議しようとすると、逸見は俺の肩を掴み、真っ直ぐ射抜くように見てくる。
「出来るか出来ないかじゃない。やれって言ってんだよ、オレは」
「……」
「返事は?」
「はい……」
ゾクッとするような瞳に、俺は震えながら頷いた。
「はっ……はっ……はあっ……はあっ……」
シャツのついでにと渡された半ズボンも大きく、紐が抜き取られていて緩い。仕方なしにズボンを掴んで走ったけれど、手が滑って落ちたら一貫の終わりだった。
取り付けられたローターも動いてはいないが、テープが剥がれて落ちてしまうかもしれない。そんな緊張で身体は無駄に強張り、暑さもあって疲れは早々にピークに達する。
足が上手く動かない。他のクラスメイトたちは、もう二回も三回も追い越して行った。元々体力がないのは知られていた事だから、元気な運動部なんかは通りすがりに「無理すんなよ」なんて声をかけてくれる。
それなのに俺は性器におもちゃを付けて、何をしているんだろう一体。
そもそもこんな事になったのは、中間テストで無理をしたのがきっかけだった。要領が悪く頭は良い方ではないが、他に取り柄もない俺はテストの一週間前から夜半まで勉強をして寝不足になり、結局テスト期間中に熱を出してしまった。
それでも無理をしてテストを受け、最後の試験の直後に倒れてしまい保健室に担ぎ込まれたのだ。
目を覚ますと保健室のベッドにいた俺は、布団からする甘い匂いに気付いた。頭の奥が痺れるような、トロンとした気持ちになる。テスト期間中抜かなかった事も作用してか、俺は勃起していた。
また熱がぶり返したように身体が熱くなって、どうしようもなかった。少しだけ、落ち着くまで……俺は布団の中で静かに自身に触れた。
「ん……ん……」
久しぶりの感覚に、手は止まらなくなる。どうしよう、こんなとこで、でも。
シャッ。
「起きたかな。調子どう?」
「っ……は、い……」
突然背中側からした声に身体がビクッと震えた。返した声は裏返りそうなのを必死にこらえた。人がいたのか、いや、当たり前か。
果てる寸前だった事と、突然声をかけられた事で心臓が耳にあるみたいに、バクバクと煩く鳴っている。
「あれ?」
ばさり、と無慈悲に掛け布団は捲られた。
「はは、優等生の空木(ウツギ)くんは保健室のベッドでオナニーしちゃうんだ」
「あ……」
カシャ、カシャ。
「や、やだ、やめてください」
その音に気付いた俺は振り返り声を上げた。見れば、白衣の男が携帯を構えて写真を撮っている。
「ん? いいよ、やめなくて。ほら、イっちゃいな」
「んあっあっあっだめぇっイ……イくっ」
大きな手が包み込んで、搾り取るように扱かれ、俺は呆気なく果てた。
「はあ……はあ……んああっだめっえっイったからっっ」
「まだ元気じゃん」
今果てたばかりの性器をそのまま扱かれる。男の手に出した精液が潤滑油となって、くちゅくちゅと音がした。連続で高められ、俺はベッドの上でのたうち、仰け反り、果てた。二度、三度と繰り返して。
ようやく解放された頃には出し尽くして、全身がビリビリ痺れるような快感で指一本すら動かせなくなっていた。
そこでようやく、男が携帯で撮っていたのは写真でなく動画だった事に気付いた。
「お前の弱み、ゲットだぜ」
俺の人生終わった。そう理解した時だった。
「んああっ」
ガクンと膝から崩れ落ちて、地面に転げる。舗装されたランニングコースで、膝は擦り切れるだけだった。
「あうっ……んっ……」
突然、二つのローターが動き出したのだ。それまで少しも動く気配を見せなかったから油断していた。立ち上がろうにも、腰が抜けて動けない。下手すれば腰を地面に擦り付けてしまいそうなくらい、急な快楽に頭がおかしくなりそうだった。
「ふ……う……」
クラスメイトに知られまいと声を抑え、必死で立ち上がろうとした。逸見もどこかで無様な俺を嘲笑っているに違いない。
ローターの振動が弱められた。その隙に立ち上がると、また振動が強くなり、俺は再び地面にキスする。
「あっっあ……うっ……」
気持ちいい。膝が痛い。なにしてんだこれ。惨め。感情がないまぜになって、目頭が熱くなる。キュウッと胸が痛くなって、俺は泣いていた。
それでも立ち上がって、ガクガクと震える足を堪えて歩き出す。確か残り一周だったから、このマラソンももう終わる。途中何度か転んで膝を痛めながら校門から中に入る。イきそうになると止まるローターがもどかしいし、不意に強く振動するのが意地悪い。
快感と痛みとその他よくわからない感情で涙が止まらない。もう高校生にもなって、転んで泣いてるようで恥ずかしかった。
「大丈夫か、随分派手に転んだな。保健室一人で行けるか?」
「大丈夫です……」
「よく頑張ったな」
「ん……」
ぽん、と肩に触れられ、それだけで上げそうになった歓喜の声を必死で堪えて頷く。膝は血が流れて靴下まで赤くなっているのに、痛みより快楽の方が強かった。
「お疲れ、空木。膝痛そうだね、洗おうか」
「うわあっ」
トボトボと歩いて保健室に入ると、逸見は俺を抱き上げ、廊下に戻される。そのまま水道まで抱っこされたまま連れていかれた。
「あの、自分で歩けます」
重かったろうに。恥ずかしさもあってぶっきらぼうに言うと、逸見は横でクスクス笑った。
「テストの時、教室から保健室まで運んだのもオレだけどね」
「え……あの、すみません」
「ん? 謝る事じゃないよ」
空木は背中をぽんぽんと優しく撫でて、膝を洗うように促した。
俺は片足を洗い場の淵にかけて、蛇口を捻り膝を洗う。流水が傷口を洗い流すと、ビリビリ痛んだ。
「空木が頑張り屋だって、その時知ったから」
急だった。急にそんな事を言って、逸見は俺の頭を撫でる。どうして今、こんな時にそんな事を言ってくるんだろう。
ずるい。そう思った。
報われなかった俺は、急に欲しかった言葉を投げかけられて、治った涙がまたどこから溢れ出てきた。雫はぽたぽたと洗い場に落ちたが、逸見はなにも言わず俺の頭を撫で続けた。
ほんの少し前まで、シリアスな雰囲気だったのがどこへやら。再び抱き上げられて保健室に戻ると、俺はベッドの上でズボンと靴と靴下をポイポイ脱がされ、足を大きく開かされた。
情けなく萎えた性器に、ローターが垂れ下がっててみっともない。テープを剥がすと皮が引っ張られて少し痛かった。それを投げるように転がす。
「消毒しようか」
逸見はベッドの横に座り、俺に消毒液と脱脂綿の入った入れ物をもたせた。手の支えがない状態でいるのは辛く、次第に腹筋がぷるぷる震えていく。それを見て逸見は笑った。
「いいよ、寝そべっちゃって」
消毒液零さないでね、と支えられてベッドに寝る。下半身を晒して無防備となった自分に羞恥がこみ上げる。
「しみるよ」
「うっ……あっ……あ……」
逸見が消毒液の染み込んだ脱脂綿を膝にぽんぽんと当てた。ジンとした痛みで身体が震える。
こんな大袈裟に転んだのは小学生の頃くらいだろうか。それも両膝だ。
「ん……うぁ……」
「ふふ……」
慣れない刺激に耐えていると、逸見がニヤっと笑った。そういう笑い方をするのはろくでもない時だ。
「本当は消毒、しない方がいいんだよ。皮膚の細胞が壊れて傷の治りも遅くなるから」
「えっ」
驚きの事実に目を見開くと、それでも逸見は脱脂綿を換えて傷口を再び刺激してくる。
「んんっあ」
「でも、ふふ、消毒で悶える空木、可愛いから」
「っ可愛いからじゃ、ないっ……んあっ」
反論すると反対側の膝にも消毒液を付けられ、ジンジンと痛みが襲った。
「こんな悶えてくれるとはね」
「はあっ……ん……」
中々終わらない消毒に苦しんでいると、逸見の手がシャツの裾を握った。
「あれ、空木」
逸見の視線で俺も気付いた。嘘だ、そんなまさか。
「空木のおちんちんも腫れてるね」
「っちが、違うこれは……」
引っ張り上げられたシャツから、ぷるんと揺れて出たのはすっかり固くなった性器だった。ローターも止まって治っていた筈なのに。こんなはずじゃないのに。
「あ……嘘、だめ、それ、は、あ、」
消毒液に浸された新しい脱脂綿が、性器の先端に真っ直ぐ向かっていく。そんなところに、そんな事したら。想像より先に現実が襲った。
「あ……あああっ」
ぬるっと撫で付けられ、一瞬間を置いて燃えるように熱くなった。
「ああっあああっ」
「あら凄い」
ちんちんが、俺のちんちんが。痛いのか熱いのかわからず、でも自分の大切なところがおかしくなってしまう。
「汁でぬるぬる」
「んあああっやめっやめぇっ」
更に消毒液を足されて、俺は仰け反り腰を高く掲げた。
「ああっあっーー」
ビュルッビュッ。
頭が真っ白になって、全身を震わせながら甘い快感が駆け巡る。ドサッとベッドに落ちてから、自分が果てたのだとわかった。
「お疲れ空木。明日もおいで、絆創膏貼り替えてあげるから。傷が治るまで、毎日」
両膝に貼られた大きな絆創膏は、ガーゼではなくぬるぬるとした不思議な粘液で出来ていた。こっちの方が綺麗に治るよ、逸見はそう言いながら貼った。
そもそも、逸見がローターなんて物を着けたから足がもつれて転んで膝を怪我したのに。
「返事は?」
「っ……はい」
ひらひらと手を振って見送る逸見に、心の中で舌打ちをした。
どうせ行かなければ、これまで取った写真や動画をメッセージで送りつけて脅してくるんだ。今だって、おいで、なんて言っておいて実のところ絶対の命令だった。
うんざりする、こんな毎日に。変態に囚われて、性的に追い詰められて。
でも、時折見せる優しさとか、温もりとか、俺を理解してくれている素振りとか。ほんの少しの要素に心は強く惹かれた。
はあ、とため息を吐きながら、俺は明日の事を考えると憂鬱になった。憂鬱で、でも心の奥がゾワゾワと期待に震えるようだった。
終わり