「それ取って」
「ん」
「……」
いつもの朝食、僕がそう言うと彼は塩の入った瓶を取って渡してくる。
「僕、目玉焼きには醤油なんだけど」
「俺は塩だから」
高校の時からの付き合いで、互いに別の恋人を作ったり働いたり結婚しかけたり、紆余曲折を経て、三十年も年を取って、こうして一緒にいる。
にもかかわらず、つくづく趣味の合わない二人だった。
目玉焼きにかけるものは違う。観たい映画の趣味が違う。僕は安っぽいお酒で酔っ払いたい。彼は高いお酒を嗜みたい。僕は熱いお茶が好き。彼はぬるめのお茶が好き。ベッドで寝るときはパジャマがいい、彼は裸族。休みの日には出かけたいけど、彼は家でのんびりしたい。
なんで僕たち、一緒にいるんだろう。時々そう思ってしまう。
深夜2時のベッドの中、隣の彼はすやすや眠る。僕は今夜も寝付けない。
年を取ったものだ。隣の彼の顔を見つめてそう思った。きっと僕も年を取っただろう。彼の目尻のシワだとか、後退したおでこの生え際に増えた白髪。
僕たちは年を取った。これからも年を取り続けて、最後には死んでしまって。
その時には。その時には、一緒に眠る事は叶わないのだろうか。
ほろりと雫が垂れて、世界が滲んでいく。何故だか悲しくて仕方ない僕は、静かに泣きながら彼を見つめた。
「……ん」
不意に目覚めた彼は、そんな僕に驚くでも呆れるでもなく、何も言わず抱き締めた。その温かさが、ますます僕の涙腺を緩ませる。
ああ、ずっとこのままでいたい。終わりが来るなら今がいい。
だからきっと僕は、彼と一緒にいるんだろう。
「おやすみ。また明日」
おわり