年はひと回り離れていた。姉の子供で、年末年始や盆に実家に帰った時に数回会うくらい。
彼らの両親が亡くなり、葬式の席で見た照糸(テイト)の姿は、僕の知っている頃よりずっと大人びていて、ずっとか細く手折れてしまいそうだった。
幼い頃のテイトは、動物のようだった。色んなものに興味を示し、好奇心旺盛だった。
僕が起業するか決めかねていた夏の盆。実家に帰ると二人目をお腹に授かった姉が来ていた。
テイトは近所の公園で開かれている祭りに行きたがっていたが、出産の近い姉では連れて行くことが出来ない。
僕とテイトは手を繋ぎ、祭りに出向いた。
わたがし、射的、かき氷、金魚すくい。買ったものを両手にテイトは楽しそうにしている。
「テイト、ラムネ飲むか?」
「のみたい!」
出店で割高なラムネを一本買ってテイトに渡す。中のビー玉をうまく避けられないテイトは、指で突っついてラムネを頭から被って、僕はたいそう笑った。
「テイト、ここのくぼみにビー玉をつかえさせて飲むんだ」
「んくっ、んくっ……のめた!」
「中のビー玉、取る?」
「とれるの?!」
「うん。ほら」
「うっわあー、きれい!すごい!」
ビー玉を取って渡すと、嬉しそうに見せてくるテイト。彼には世界の全てが、きっときらきら輝いて見えているんだろう。
テイトの目も、提灯の光できらきら輝いて見えた。
テイトと弟の喜糸(キイト)を引き取ることに決めたのは、1つは恩返しのためだった。
テイトに会って、息抜きに祭りに行って、なんとなく勇気をもらって起業を決めた。そのために姉夫婦には色々助けてもらって、感謝をしてもしきれない程だった。
そして、下心がなかったとは言えなかった。
幼かったテイトの、儚く成長した姿に、僕は、彼を手に入れたいと思ってしまった。
たとえ誰に否定されようとも、それは間違いなく愛だった。
彼を支えたい。それだけの財力と余裕が、僕にはあった。
共同生活はぎこちないものだった。特に、弟のキイトには避けられているのが明白だった。
思春期だし、親を亡くしたばかり、新しい環境に身を置く彼を、僕は咎めることが出来なかった。
なにより、この家でテイトと二人きりになれる。それを好都合だと思ってしまった。
僕は想像以上に欲深い、汚れた大人になっていた。
「テイト」
「はい……」
その日は特に暑い日だった。部屋で勉強していたテイトに入り口から声をかけると、汗だくで僕を振り返る。
「汗だくじゃないか、クーラーつけなよ」
「あ、はい、でも、電気代が……」
「そんなこと、気にしなくていいんだよ」
テイトは僕のことを覚えていなかったし、居候の身である事に負い目を感じていた。
彼はまだ子供なのだから、そんな事を気にしなくていいのに。
汗だくで上気して赤い頬を心配して指で頬に触れると、テイトはビクッと目をつぶった。
あっ、と潜めた声を薄い唇がにわかに動いて吐き出す。僕はそのまま、彼にキスをした。
テイトは拒まなかった。弱みに付け込んだと言えば、その通りだった。けれども僕は彼を愛していたし、これはなんら間違っていない行為だと信じて疑わなかった。
角度を変えて唇を重ねる。舌を絡めると身体を跳ねさせた。暑さに汗が滴り、口に滑り込んでしょっぱさが混ざる。
僕はテイトをベッドに押し倒した。できるだけ優しく、愛情を持って接した。
それから三度、身体を重ねた。それは甘美なひと時だった。僕は愛を確信していた。
「テイト、これ、合鍵」
キイトにはすでに家の鍵を渡していたが、テイトにはまだだった。キーホルダーは僕とお揃いの革製の物で、愛の言葉がしたためられていた。
「ありがとう、ございます」
「最近顔色が良くないけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
夏バテだろうか。僕は、現実から目をそらしていた。
「夏になったら、夏祭りがあるから、行こうか」
「あ、はい」
「キイトは……キイトは僕のこと嫌いだから、誘っても嫌がるかな」
「そんな、ことは……」
テイトは首を振ったけれど、否定しきれないようだった。
でも、たしかに僕はテイトとキイトを分け隔てなく愛してやれてはいなかった。だから嫌われても仕方ないと、諦めていた。
「夏祭り、思い出さない?」
「え?」
僕が聞くと、テイトは首を傾げた。髪がさらりと流れて、僕はそれを指でかき上げる。
「昔、キイトが生まれる前、二人で祭りに行ったんだ」
その時ラムネを飲んだんだよ、そう言うとテイトは少し考えて、顔をパアッと明るくさせた。
「あ、あ!!あの、あの時の……あれ、叔父さんだったんだ!」
「そうだよ」
テイトは嬉しそうに微笑むと、机をガチャガチャと引っ掻き回して何かを探す。そうして手に取ったそれを、僕に見せた。
「あの時のビー玉、まだ持ってるんだよ」
久しぶりに見た笑顔に、僕の中で色んな感情が溢れた。
僕は勢いのまま、テイトにキスをする。テイトは少し戸惑って、それから舌を絡めた。
僕たちはようやく心ごと1つになれたようだった。後ろから穿つ、テイトは掠れた声を上げた。
愛しい愛しいテイトを僕は抱きしめた。
キイトが階段を上がる音にも、扉の隙間から覗く気配にも気付かず。
キイ、と扉の蝶番が音を立てる。
そこでようやく目があって、僕はキイトに気付いた。
きっと勘違いしてる、誤解だ、これは、誤解だ。
扉を開けて追いかけた時には、ドタバタと階段を下っていく、嫌な音がした。
それからテイトはみるみるやつれていった。僕に触れられることを拒んだ。怯えて、泣いて、眠れない夜を過ごしていた。
「テイト……」
「お願い…いやだ…さわらないで…キイト!!お願い…ちがう…いやだ…キイト…キイト……キイト……!!」
壁のカレンダーに空いたままの予定があった。テイトと夏祭りに行くために、そこは空けておいたんだ。
夏祭り、楽しみだなあ。
僕は暗くなる意識の中、そんなことを思った。
終わり