風/ちょっかい/秋

 社内が全面禁煙となった。唯一の喫煙スペースは、3階から出られる屋上スペース。
 胸の高さの柵に寄りかかり、風に髪をなびかせる雪(ソソギ)の後ろ姿が、なんだか胸に沁みる。
 俺はそっと後ろから近寄り、抱きしめた。
「ちょっと、手折(タオリ)」
 人に見られる、と雪が俺の手を払おうとする。それを握りしめ、首筋にキスをする。
「誰もいないよ。ここ、寒いから」
 喫煙スペースは夏は暑く、冬は寒い。秋も深まり、いっそ冬に近付いた今の時期は風が強まり、肌寒い。
 肩身の狭い喫煙者の数もめっきり減って、休憩時間になるとほんの数人が集まって、すぐに室内に引っ込んだ。
 それをわざわざホットの缶コーヒーを飲みながら、いつまでも外に居続ける物好きは雪と俺くらいだった。
「それとも、見られた方が興奮する?」
「っつ、手折」
 指でワイシャツの上から乳首にちょっかいをかけると、雪がいよいよ怒って俺の手を叩いた。
「誰かに見られたら、」
「俺、本社に異動することになった」
 ザワッ、と風が吹き抜けていく。
「そう、凄いじゃん!おめでとう」
 雪は俺の腕の中で振り返り、俺に笑いかけた。嘘くさい笑みに、俺はキスする。今度は止めなかった。

 付き合い始めて二ヶ月。それまでの関係は五年。
「なあ、雪」
 走馬灯みたいに思い出が頭をよぎる。恋人としての期間より、友達としての期間の方が長い。でも、好きだと言う気持ちはずっとあった。だから、ずっとこの先も、好きだ。
「お前も一緒に来てくれ。俺と、結婚してくれ」
「……馬鹿」
 どこまでも本気だったが、どこまでも不可能だった。
 雪にだって雪の仕事がある。それを投げ出して、俺についてこいなんて。
 俺たちは対等な関係だった。仕事でも、恋愛でも。だからここまで来たんだ。
「お前のこと、養うから」
 雪が女だったらいいのにと、こんな時だけ思う。結婚して、子供作って、幸せになって。
 男同士の俺たちは、どうやって幸せになったらいい?

 それから2年後、雪も本社勤務になった。
 長かった遠距離恋愛も終わり、一緒に暮らしている。
 本社の喫煙スペースも屋上にしかなかった。
 そこで二人、肩を並べて煙を燻らす。
 俺たちは幸せだった。


終わり