卒業

 春の日和、天気に恵まれ、卒業式は厳かに行われた。
 式の終わった校庭には学生が友人や恩師、後輩と記念撮影をして別れを惜しんでいる。
「先輩の第二ボタン欲しい人、いっぱいいただろうなあ」
 赤佐田(アカサタ)は教室の窓から外を見下ろし、そしてさっきまでそうなっていた通りにカーテンを閉める。
「心臓に近いからだっけ。第二ボタン。でもみんな謙虚だよね」
 振り返り、ゆったりとした足取りで向かうのは少し色あせたソファー。生徒会室の壁添いに、もう何代も前から使用している調度品だった。
 ゆったりした二人掛けの腕置きに腰掛け、手を伸ばす。
「ふっ……うっ……」
「俺だったら第二ボタンだけなんて我慢できない。全部欲しい」
 ツツ、と撫でる指が、布越しに熱を弄ぶ。
 喜七(キシチ)はソファーに縛り付けられ、両手は頭側の腕置きに、足は膝で立てて左右に開かされている。衣服は着たままだが、股関節や胸周りを強調するように縄が身体を這っていた。
「先輩、卒業なんて寂しい」
 赤佐田は指で双球の辺りを撫でた。コスコスと撫でるだけだ。もどかしい刺激に喜七は腰を揺すった。快楽に溺れるには足りず、無視するには強い、いやらしい刺激だった。
「気持ちいい?盛り上がってきてる」
「ンゥっふうっ」
 大きくなって主張する、一番高いところを指で掠めると喜七の身体が大きく跳ねた。ビクッビクッと震えて、次の刺激を待っている。けれども、赤佐田が触るのはまた双球だった。
「可愛いなあ、先輩。俺、ずっとこうして先輩に触りたかったんだ」
 目を細めて笑う赤佐田に、喜七は顔を逸らした。可愛いだなんて言うけれど、可愛いのは赤佐田だった。喜七は赤佐田と初めて会ったときから、そう思っていた。

 最初に出会ったのは、喜七が二年生、赤佐田が一年生の入学式の時だった。生徒会庶務として入学式の雑用が済んだ喜七は学校の外周に植えられた桜並木の下を歩いた。
 風が優しく吹く日だった。桜吹雪の中、光が乱反射して絵画のような世界。
 ふと、木陰に人が座り込んでいるのが見えた。
「大丈夫か?」
 駆け寄り声をかけると、俯いて首を振る生徒が一人。
「体調悪いのか。保健室行こう」
 酷い顔色の生徒に手を差し出すと、弱々しく握り返す。立つことすら出来なくなっているようで、喜七はその生徒を抱き上げた。
「すぐ連れて行くけど、寄りかかってな。気持ち悪かったら吐いちゃって大丈夫だから」
「すみませ……」
「気にしないでいいよ」
 生徒は喜七の胸に顔を寄せると、目を閉じて静かに呼吸した。長い睫毛の綺麗な顔をした生徒だった。胸に付けた飾りが、新入生であることを示している。
 なるべく揺らさないで保健室まで連れて行き、ベッドに寝かせる。季節の変わり目で体調を崩し、人酔いしたのだろう。
 横になって少し顔色が良くなったのを確認し、喜七がその場を後にしようと踵を返す。そこで不意に、袖を引っ張られた。
「は……すみませ……」
 眉尻を下げて、困り果てた顔の生徒に、喜七は微笑んだ。
「気にしないでいいよ。しばらくここにいるから」
 そう言うと安心したように微笑んで、生徒は寝入ってしまった。
 頼ってくる彼が可愛いと思った。それが、喜七と赤佐田の出会いだった。

 それから二年、赤佐田は生徒会長になり、喜七は相変わらず生徒会庶務になっていた。
 立場は変わっても変わらず懐いてくる赤佐田のことが、喜七はずっと可愛いと思っていた。可愛い後輩だった。
 だからこうして、赤佐田に執拗に責められていても喜七は拒絶することが出来なかった。

「身体熱くなってる」
 赤佐田は喜七の膝に頬を寄せた。頬ずりをしながらも、双球を撫でる指は引っ掻いたり優しく突いたりして止まらない。
「勿体無いからちょっとずつ先輩の身体、触ってみようと思って。でも先輩、ここだけでイけそうだよね」
「っ……」
 手のひらがまとめて撫で上げる。喜七は仰け反り喘いだが、イけるような刺激ではなかった。首を振っても、赤佐田は気付いてはくれない。
「先輩、可愛い」
 羽毛が身体を撫でるように、指が触れるか触れないかで遊ぶ。ギジリとソファーが軋んで、赤佐田は喜七の身体を跨いだ。
「インナーシャツ、着ないから」
 ワイシャツをツンと押し上げる尖を赤佐田の指が潰した。そんな刺激に身を捩るほど、喜七の身体は敏感になっている。そんな様子に赤佐田は嬉しそうに微笑む。
「先輩……どこにも行かないで」
 赤佐田は胸に顔を押し付けた。ドクドクと脈打つ心臓の音を頬で感じる。抱き付いて、重なった身体に熱が移る。
「先輩……」
 胸、首、それからガムテープの貼られた唇に唇を重ねる。悲しい目が喜七を見つめた。
「好きです。ずっと好き。先輩、好きなんだ」
 赤佐田は甘える猫のように頬をすり寄せて言う。でもきっと受け入れてはくれないだろう。そう思っているから、目を瞑り、何度も耳元で囁いた。言い続ければ洗脳されてはくれないか。
 そんな縋る思いの赤佐田とは裏腹に、喜七は囁かれるたび、身体をびくりと震わせた。耳から犯されているようだった。
 甘い、熱い声が何度も繰り返す。
 ずっと欲しかった言葉を。
「ん……ん……」
 喜七が声を上げた。声と言うには小さな、鼻から抜ける喘ぎ。そんな変化に、赤佐田はようやく顔を上げる。
 言葉に犯される喜七が、言葉で喘ぐ事に。
「先輩、感じてる?」
 泣きそうだったくらいなのに、赤佐田は恍惚とした笑みを浮かべた。
「好きだよ、先輩」
「んっんん……」
 耳元で囁かれるたび。
「好き」
「んふ……っ」
 内股を擦り付けて。
「愛してる」
「んんんっ」
 ズボンを汚した喜七に再びキスをする。
「先輩」
 赤佐田は、喜七のワイシャツの第二ボタンを噛みちぎって飲み込んだ。
「もう全部俺のものだ」
 狂おしいほどの愛に、喜七も喜びを感じていた。なんて素晴らしい卒業の日だろう。今日から本当の全てが始まるのだから。
「先輩、愛してる」

終わり