両片想い

 ああ、俺知ってるよ。
 こう言うの、両片想いって言うんだろ、知ってるよ。
 俺腐男子だもん。両思いのくせにすれ違って、最終的にハピエンになるの。必修じゃん。
 でも、そんなの寂しいや。
 だって俺たちいつだって、三人で一つだったんだから。

《ハブラビトライアングルスターライト》

 朝の登校時間からもう違う。俺の前を歩く八斗(ヤト)と九重(コノエ)は何かボソボソと言い合ったり顔をそらしたり。
 お前らなんの話ししてんの?気付いたら好きになってて、だけど昔っからの幼馴染に、しかも男に恋愛感情を抱いたなんて恥ずかしくてついついつっけんどんしちゃうの?その癖いつもみたいに八斗が好きなパックジュースを九重が自販機で買って渡して、お前ら出来てるの丸わかりなのに本人たちだけが気付いてないパターンなの?
 そんなのズルくない?ずるいよ。
 だってお前ら二人が出来ちゃったら、俺が例えどっちを好きになっても、俺だけ寂しいじゃん。俺だけ完璧片想いじゃん。
「十真(トオマ)どうした、顔色悪いぞ」
「え、あ、ほんとだ。大丈夫?」
 不意に、周りの様子によく気付く九重が俺を振り返り頭を撫でた。それに続いて八斗が、冷えたパックジュースを俺の首に当ててくる。冷たくてビクッとしてしまったけど、でも、ああ気持ちいいや。
「ん、大丈夫」
 なんか虚しくなっちゃった、なんて言えないし、寂しいからってどうしてもらう事も出来ないし。
「いや、大丈夫じゃないだろ」
「十真はすぐ我慢するんだから」
「うわっあ」
 視界が揺れて、気が付いたら八斗に担ぎ上げられていた。俺と八斗の鞄は九重が持っていて、後ろから俺の頭を撫でた。
「昨日徹夜でもした?」
「ちょっと……」
 本当は二人のことに気付いたら眠れなくなっていて、両片思いのBL漫画を読み耽っていたら朝になっていた。なんて言える訳もないし。
「十真軽くなったな。ちゃんと飯食ってる?」
 恋愛すると飯も喉を通らないってマジなんだな。
 ああそっか、俺、この二人のこと好きなんだって、それでようやく気付いたよ。
「……この体勢きつい」
 八斗に米俵みたいに担がれて、俺は掴むところもないし下を向いているから頭に血がのぼるし、体調が悪いのが悪化する。
「もう学校着くから」
 九重が俺の髪を梳いて、冷たい指が頬を撫でた。
 優しくしないでよ、益々気分が滅入るから。

「じゃあ先生には伝えとくから」
「ちゃんと休めよ」
 カラカラカラ、カチャン。引き戸の閉まる音がして、二人は行ってしまった。
 保健室に連れて来られた俺はベッドに横たえると、起き上がることが出来なくなっていた。軽く熱が出ていたらしくて、様子見で一限だけ寝かせてもらう事になって。
「ほい、念のため体温はかっとけ」
 保健室の主、睦月(ムツキ)先生に体温計を渡され、俺はそれを脇に挟んだ。
 睦月先生は三十路のそこそこ良い男で、BL漫画だったら生徒の一人や二人食ってそうな雰囲気だった。いや、案外数学の先生とか国語の先生と出来てるかもしれない。
 ああ、でも最近は保護者とってのもあるか。三年の有名な先輩、の兄貴もここの出身で、部活見に来てるって言うけど案外……。
「なんかさっきより顔赤くなってるな」
「あー……はは」
 ピピピ、と体温計が鳴った。脇から取って見ようとすると、先生が奪い去る。何度くらいあるんだろう、ああ、なんか目が霞んできた。
「38度だな。一限寝てみて下がんないようなら今日は欠席な」
 言いながら枕が冷たい水枕に替えられ、額にひんやりとしたシートが貼られる。
 掛け布団をしっかりかけて、ぽふぽふと整える。潔癖……というか、几帳面というか。見た目より丁寧な扱いに、ギャップ萌えしそうだ。
「……先生」
「なんだ?」
「先生は人を好きになったことある?」
「あるよ」
 俺の質問に、笑うでも呆れるでもなく真顔で答えてくれる。
 別に親しくもないのに、どうしてだろう。保健室の先生だからなのか、熱で弱ってて誰かに甘えたいからなのか。
 俺は質問を続けた。
「俺、好きな人が出来たんだ」
「……うん」
 弱ってるから、こんな突拍子も無い相談にも乗ってくれるんだろう。先生は椅子を出して、そこに座った。
「でもその人は俺じゃ無い人が好きで……で、その相手のことも俺は好きで、でも、そいつも、俺の好きな人を好きで、でも、二人は付き合ってるわけじゃないんだけど」
 俺の話し方が下手くそだから、先生は頭の上に描いて理解しながら頷いた。
「でも二人は両思いだから、俺が好きになったって報われないじゃんね?そんなん不毛だよね?」
 言いながら、八斗と九重のことを思い浮かべて、俺は勝手に泣き始めていた。
「泣くと頭痛くなるからタンマな」
 先生はそう言って椅子から立ち、室内にある水道を捻って、それから戻ってくる。目元に濡れたタオルが置かれた。
「その二人が両思いだって、お前は直接聞いたのか?」
「ううん、でも、見たらわかるよ」
 だって、俺がいなくたって楽しそうなんだもん。二人で、二人が、幸せになるんだろ。
「じゃあお前の気持ち、ちゃんと二人に言ってみな。それで本当に二人が両思いでお前が振られたら、オレが慰めてやるから」
 先生はそう言うと、頭を撫でた。
「はは……俺、先生のこと好きになりそう」
「それはちゃんとフラれてからおいで」
 俺自身、冗談とも本気とも言えない軽口に先生の答えが優しくて、肩の力がフッと抜けるようだった。
「ま、お前らなら今の関係から壊れるって事も無さそうだし。はい相談終わり、お前のは知恵熱だから、余計な事考えないで今は寝てな」
 ポンポンと額を軽く叩かれ、俺は目を瞑った。
 あれ、友達だって言ったっけ。まあ、いいか。
 意識が心地よく落ちていく。俺はそのまま眠った。

「十真、とーま、トマトマー」
 ペチペチと頬に触れられ、目を開けると眼前に八斗の顔があった。
「近すぎだって。十真、熱下がったか?」
 九重が八斗の襟首を掴んで引き剥がした。俺の手を掴んだままの八斗の手に引っ張られる形で身体を起こす。
「ん、さっきよりは平気」
 額のシートを剥がしながら、首を回す。さすがに保健室のベッドは、ちょっと硬い。
 そんなことをしていると、眼前にパックジュースが差し出される。それは俺がよく飲んでいるヨーグルトのやつで、九重が買ってきてくれたらしい。
「今買ってきたから冷たいよ」
「ありがと、喉渇いてた」
「病人なんだからもっと優しくしないと」
「いいよ、はは、ありがと」
 八斗が横から奪って、ストローを刺して俺に差し出した。甘やかされて恥ずかしいけれど、嫌じゃない。
「もっかい体温はかって、下がってたら授業戻りな」
 シャッとカーテンが開いて、先生が体温計を差し出す。俺はそれを受け取って脇に挟んだ。
「言っとくけど、ここ飲食禁止だからな」
「えー、先生病人なんだから優しくしてよ」
「じゃあお前を叱っとく」
「あいてっ」
 先生が八斗の頭をぺちんと叩くと、握り潰されたパックからジュースが噴き出した。
「んわ」
 びゅるっと液体が出て、顔や身体にかかる。
「あーほらそう言うことなるから。ほい、そっちのソファに移動して」
 ばさっと布団が剥がされ、野良猫かなんかみたいに八斗に押し付けられ、八斗は俺を抱き上げた。
「ごめん、拭くもの……ねえや」
「うあ」
「拭くものないからって舐めるか普通」
 顔にかかったジュースを八斗に舐め取られ、九重の出したハンカチで顔をゴシゴシ拭かれる。
 そのまま移動すると、ソファの上に横たえさせられた。その頃ようやく、ビピッと体温計が音を鳴らす。
「何度?」
「んー、37.2度」
「じゃあさっきより下がってる」
「そうか、よかった」
 九重の手が俺の頭を撫でた。
 先生に相談して気持ちが晴れたのもあるのかもしれない。頭も気持ちも若干すっきりして、心は軽い。
「熱下がったか。授業もう始まるからさっさと戻りな」
「ありがと、先生」
 相談の事も含めてお礼を言うと、先生は手を上げて微笑んだ。
 再び俺を抱えようとする八斗を退けながら、俺は保健室を後にした。

 カラカラ、カシャン。
「いやどう考えても総受け案件だろ」

 間も無く授業の始まる廊下に人はいない。両横にいる八斗と九重は、次に始まる授業について言い合っている(「あ、やべ宿題写させてもらうつもりだったの忘れてた」「写させる気ないけど」「いけず〜〜」「八斗は伊津先生に怒られろ」)。
「俺さ」
 また心が弱ってしまう前に、俺は立ち止まって、二人の腕を掴んだ。もしダメだって、睦月先生が慰めてくれるんだし。そう思うと、怖いものなんてなかった。
「二人が両片思いなのはわかったよ。でも……だから……俺もその中に入れてよ」
 なんて無茶な事言ってるんだろう。でも、俺はつまり、二人が好きだった。だからやっぱり、二人といたいんだ。
「……」
「……」
 反応のない二人に不安が募る。授業も始まるし、答えは後でもいいや。そう言おうと思ったら、二人が横から俺を羽交い締めにした。
 羽交い締め、というか、抱きしめた。
 それから俺越しにボソボソとなにか話している。俺にはよくわからなくて、また俺の嫌な妄想が蘇りそうだった。
「っ……俺を仲間外れにしないでよ」
「しないよっするわけないだろ、も、あーー、もう、なんだよ、もーーあーー可愛いっっっんだけどっっ」
「八斗うるせえ、可愛いには激しく同意だけど」
「な、これ超重要なんだけど。十真はおれたちのどっちも好きなんだよな?」
 全然想像と違う反応に戸惑っていると、八斗が真面目な顔をして俺に聞いた。九重も俺の答えを待っているようで、静かに見つめてくる。
「う?え?う、うん」
 戸惑いながら聞くと二人の顔がパアッと明るくなった。
「じゃあキスしよ。三人で」
「は?あっ」
 顎を九重に撫でられ、心の準備もできないまま、二人の顔が近付いた。それから柔らかい唇が一瞬触れたかと思うと舌がねじ込まれる。二つの舌が口の中を絡んで蠢いて、俺の頭は戸惑い立ち直れない。
 ああ、これ、ああっなんか、なんか、やばい。
 腰が抜けそうなのを八斗が腕を回し後ろから支えて、俺の手を九重の手がしっかりと握る。
 廊下なのに、授業始まるのに、俺たちは夢中でキスをした。

「いや、まあおれら十真の事好きだし」
「でもライバルとは言え、お互いのこと嫌いじゃないし……十真の次点くらいで、まあ……」
 昼休み、八斗と九重が矢継ぎ早に言った。少し恥じらって語尾を濁す九重に、俺はキュンとした。
「だから、どっちかしか付き合えないってなったら悔しいじゃん。で、どうにかして十真とおれと九重三人が幸せになれないかなーって考えてて」
「俺はてっきり、二人が両思いなんだと思ってた」
 だから、キスをされた時嬉しかったし、ホッとした。そんな俺の頭を九重は撫でる。
「ずっと三人だったんだから、十真が欠けても八斗が欠けても、なんか寂しいよ」
 ああ、その気持ちめちゃめちゃわかる。くすぐったいその感覚に、俺は九重の手に頭を擦り付けて誤魔化した。
「なんなら先生も混ざる?4Pしちゃう?おれは十真が溺愛されるんだったら見てるの好きだし」
「しねえし、ここは飲食禁止だって言ってんだろ」
「それじゃあ先生はどこで飯食うんですか」
「そりゃ、中庭のベンチで」
「一人で?寂しくないの?」
「……」
 ぺちんと音がして、八斗が叩かれたところを撫でた。九重はそれを見て笑った。
 ああ、俺、こんなハッピーエンド知らないや。
 こんな空間が、今の瞬間がたまらなく嬉しくなって、笑みが溢れた。

終わり