お届けもの/上機嫌/お前は知らない

 コンコン。
 都内のとあるホテル最上階は毎週金曜日から三日間貸切にされる。
 ガチャ。
「お届けものです」
 中から顔を出したその人に、今回のお届けものを差し出す。その人は不埒な笑みを浮かべて、それを受け取った。
「さすが三日月(サカヅキ)、いつも俺の好みをわかってる」
 上げた口角をそのままに、私の頬に軽くキスをした。そしてその人は、お届けものを引きずり中に入っていく。
 今日連れてきたのは、頭を黄色く染めた見るからにバカそうな18歳の男。耳や眉にピアスを付けて、左腹には可愛いトカゲのタトゥーが入っている。
 陰毛は薄く、仮性包茎。後ろは未使用。生意気で煩いが、手足は縛り口には猿轡をさせていたからその声も届かない。
 ここ二年ほど続いている、毎週金曜日の恒例行事。スイートルームのあるホテル最上階を貸し切り、私が適当に見繕った男と三日三晩セックスに興じる。
 星葛組二代目若頭、星葛竜成(リュウセイ)さんの世話役として18年。片時も目を離さずにきたのに、気が付けばこんな成長を遂げていた。
 どこで教育を間違えたのか。しかし、毎週末のお遊びを除けば、若頭として中々筋が良かった。父親を尊敬していたし、組の者も大切にしている。仕事も理解している。喧嘩も上手い。身体を鍛える事が好きで、一本の筋が通ったように真っ直ぐな意思を持っている。
 身内の贔屓目なしに、立派に育ってくれたと思う。

 星葛組に入ったのは、命を救われたからだった。家族が事故に巻き込まれて死に、一人残された私は道路に飛び出し自殺を図った。
 その時私を轢いた車に乗っていたのが、星葛組の会長だった。
 身体の傷よりも心の傷が大きかった私を引き取り、面倒を見てくれた会長。息子、竜成さんが産まれてからその面倒を任された時は、自分の、亡くなった弟を思い出した。
 恩を返すべく、自分の全てを賭けて竜成さんの世話をしてきた。私にとっての全てが、竜成さんになっていた。

 コンコン。
「お届けものです」
 土曜の朝、カートに乗せた食事を片手に部屋をノックする。
 食事の用意は私の仕事だった。竜成さんはまだ18歳とは言え、立派な二代目。命を狙う輩がいるとも限らない。竜成さんの口に入るものはすべて、私が選んで調理した。
「入って」
「ひっひっいっいっいーーー」
 かちゃん、と小さく扉が開いて中から声がする。どうやら昨夜連れてきた少年の猿轡は外してしまったらしい。汚い喘ぎ声が部屋中に響いた。
「今朝はスクランブルエッグとコンソメスープをお作りしました」
「サンキュー、そこ置いといて」
 パチュンパチュンとベッドの上で、肉体をぶつけ合う音がする。こっそり視線をやると、一糸纏わぬ姿で汗を流しながら腰を打ち付ける竜成さんが目に入る。
 あまりの美しさに一瞬見惚れていると、竜成さんは口パクで「すけべ」と笑った。
「はあ、見てよこいつ、ちんこ緩いから、ベッドがぐしょぐしょ」
 竜成さんが言っている隙にも、少年はベッドの上に粗相をした。白濁と黄色い液が混ざったそこは水分が溜まっていて、潮噴きもさせたのだろう。
「食事中にシーツも変えましょう。一旦シャワーを浴びられてはどうですか」
「あー……そうだな、そうしよう」
 竜成さんはそう答えると、汚水に塗れたベッドに少年の顔を押し付け、窒息しそうになってきつく締め付ける中に果てた。一瞬震える姿が勇ましい。
「シャワー浴びてくる」
 少年にそう、愛おしそうに囁き軽いキスをした。それから竜成さんはすべてを曝け出したままシャワー室へ向かう。
 私はその間に、食事の乗っていたカートから替えのシーツを取り出す。ベッドに取り残された、愉悦に震える少年を床に下ろし、シーツを取り急ぎ畳んでカートにしまった。
 シーツの下には薄めの撥水シートが敷かれている。それも剥ぎ取り、カートにしまう。
 竜成さんとのセックスは刺激が強く長時間におよび、漏らす人間も少なくはない。そのためあらかじめ準備してあった。
 新しい撥水シートを敷き、その上にシーツを広げる。バサッと開いたシーツをふわっと被せ、シワひとつない状態で裾を織り込む。

 シーツ替えも上手くなったものだ。
 私は何故こんな事をしているのか、急に虚しさが込み上げた。

「そいつ、結構可愛いね。キイチって言うらしいけどどこで見つけた?」
 シャワーから出てきた竜成さんは、髪からポタポタと雫を垂らしている。当たり前のようにタオルを手渡され、当たり前のように受け取り、正面に立って竜成さんの髪をタオルで拭う。
 湯上りの熱気と洗いたての髪から香る甘い匂いにあてられて、どうにかなりそうな気をどうにか抑えつけながら。
「駅前の路地裏でカツアゲされていたんですよ。髪もピアスも無理やりされたそうです」
「へえ……確かに」
 竜成さんはニヤッと笑った。
 確かにーー加虐心を煽る。そんな事を思っているのだろう。
「三日月、そいつ綺麗にしてやって。飯食って一眠りしたら、再開するから」
「わかりました」
 偉いね。
 竜成さんは私の頬に軽くキスをする。さっきキイチにしたのと寸分違わない。
 それがどれだけ、残酷なことか。

 上着と靴下を脱ぎ、ワイシャツの袖を捲る。手足を拘束されたままのキイチを、シャワールームに横たえさせる。
 かちゃん、と閉めたシャワールームの中は、私と彼だけの密室だった。
 緩い温度に設定されたシャワーを捻り、彼の顔にかける。滝のように降り注ぐ湯が、彼から酸素を奪った。
「どうだった」
 鼻や口に入る水で、キイチは苦しそうに喘ぐ。シャワーの音で私の声は聞こえていないかもしれない。
「竜成さんとのセックスは、どうだった」
 顔を上げさせ、丁寧に口や鼻に水を注いでやる。噎せてもがいて、それからシャワーを止めた。
「げほっげほげほっおえっおえええっ」
 キイチは床に吐き戻す。固形物は殆どなく、無理やり飲まされたお湯と消化液が混ざって流れる。
「許してください許してください許してください許してください」
 キイチは突然わめき出した。床に額を擦り付けて、泣いて懇願する。
 彼がカツアゲされている時もそうだった。プライドなんてものは何ひとつなく、汚いアスファルトの地面に額を付け、加害者の靴に頬を摺り寄せ、許しを請う。
「君を綺麗にしろという指示だから、しばらく我慢しなさい」
 私は彼の首を掴んで動かないよう抑えつける。土下座によって、一方では尻を自ら差し出す体勢になったわけだ。
 私はシャワーヘッドを外し、ホースの先端を彼の擦り切れて赤くなった穴にねじり込む。
「あっうっぐっ」
「小水は仕方ないとして、大便まで漏らされてはかなわない」
 ヒュッ、と喉で息を吸う音がした。シャワーを捻ると、一気に注がれた湯にキイチが呻く。これから二度三度、それを繰り返すわけだが、彼ははしたなく汚水を漏らした。

 上機嫌な竜成さんは、私が部屋を出る時に肩を叩いて言った。
「ピアス穴空ける、ニードルもってきて。あと、下げる感じのピアスも」
「わかりました」
 竜成さんは欠伸をしながらおやすみ、と言うとベッドに戻っていく。私が部屋を出ると、オートロックで扉は勝手に締まった。
 汚れ物の入ったカートを押してエレベーターに乗り、移動する。
 あの少年に、ピアスをプレゼントしてあげるのだろう。耳や眉はもう十分だから、付けるとしたらどこだろうか。
 乳首、ヘソ、性器。
 あの少年につけた姿は想像出来なかったが、竜成さんに付けるならどこか、と想像が止まらなかった。
 竜成さん自身はピアスを付けていなかった。飾りの類は煩わしいらしく、装飾品はなにも身に付けていない。
 私は時々想像した。
 首輪を付けて服従する竜成さんを。乳首や陰茎にピアスを付けて、淫乱に喘ぐ姿を。左手薬指に指輪を嵌めて、嬉しそうに微笑む姿を。
 そのすべては私にとってありえない想像で、ありえない姿だった。
 ああ、こんなピアスを胸に下げていたら、なんといやらしい事だろう。
 私はそのピアスを手に取り、想像した。

「お届けものです」
 夜になり、夕食とニードル、ピアスを手に竜成さんの元へ届ける。シーツはあまり乱れておらず、壁際の床が濡れていてそこで致していたことがわかる。
「ピアスしたことないからよくわかんないな」
 竜成さんはベッドの四方に少年の手足を固定し、私に彼の身体を押さえるよう指示した。
「キイチは痛いの好きか」
 竜成さんが聞くと、少年は首を横に振った。竜成さんはその反応に小さく笑う。
「脳ではそう思ってても、これだけピアス付けてるんだ。本当はお前、痛いの好きなんだよ」
 竜成さんは少年の腹を跨いで座り、少年の左乳首を指で摘む。
「ああああっああああっ」
 まだニードルを刺していないのに酷く泣き喚いた。逃げようともがくので彼の肩を押さえつける。鼻で笑ってしまうほど、彼は非力だった。
「刺すよ」
「ひいいいっ」
 プツンとニードルを刺すと、竜成さんは一瞬眉を顰めて、それから一気に貫通させた。それに伴って、少年がびゅるっと粗相をする。
「綺麗に通ったんじゃない?」
「あっう、あう、あ」
 少年はもはやまともに言語を喋れないくらいに泣いていた。竜成さんはニードルを引き抜くと、彼の乳首にファーストピアスを付けてあげる。
 金属の棒が乳首を貫通し、棒の両端から鎖が垂れて、小さな宝石が輝く。竜成さんがその鎖に指をかけていたずらに引っ張ると、少年は声を上げた。
「ほら、勃起してる。お前やっぱり、好きなんだよ。痛いの」
 竜成さんはそう言いながら、鎖を緩く引いたりして弄び、勃起した彼の性器を扱いた。
 少年は痛いと呻きながら、それでも萎えることなく、果てるまで竜成さんに弄ばれる。
 竜成さんは新しいおもちゃに夢中なようで、私は静かにその部屋を後にした。

「お届けものです」
 コンコンとドアをノックして、違和感に胸がざわついた。
 今日の朝食はフレンチトーストにベーコンエッグ、湯気の立つ甘いホットミルクだった。日曜の朝はいつもそうだった。
 最終日はいつもそうだった。何時間もかけてセックスをした相手を労うように、竜成さんはホットミルクを飲ませるのが好きだった。
「竜成さん?」
 私はスペアキーで扉を開ける。朝、竜成さんが目覚めないのはそうない事だった。夜通しセックスをして、朝私の顔を見てから眠り、またセックスに興じる。
 寝ていることなんてありえない。返事が無いなんてーー。

「っーー……竜成さんッッ」
 惨劇だった。水を吸わないベッドから血が滴り落ちる。私は強張る身体を必死に動かし、ベッドに駆け寄った。
「お前は知らない……お前は知らない……」
 少年の、首を掴んでベッドに顔を押さえつける。彼はぶつぶつと繰り返した。
「知らないんだ……虐げられる側の気持ちなんて……お前は知らない……ぼくの痛みなんて……お前は……」
 少年は手に、真っ赤に染まったナイフを握っていた。
 ベッドには仰向けで、血に染まった竜成さんが横たえる。
 いつだ、いつからだ。生きているのか、この人は、まだ、私は、どうしたらーー……。
「……かづ、き……」
「り、竜成さん」
 竜成さんの指がヒクヒクと動く。ハッとした。そうだ、とにかく医者を呼ばなくては。この部屋の中に電話はなく、携帯類の電波は遮断される。ここを出て医者を。
 私がそう思って立ち上がろうとすると、竜成さんの指が私の服の裾を掠めた。力も入らない、弱々しい竜成さんに、私は思考が停止する。
「おまえ…の……っと、ミルク……すきなんだ……」
 なにを……、私は竜成さんの言葉に、思い至って涙があふれ出た。


 母親を早くに亡くされた竜成さんに、私は自身を、自身の弟を重ね見た。幼い頃、眠れない竜成さんにホットミルクを作ってあげた。
 眠るのに臆さなくなった頃、それでも竜成さんはホットミルクを強請った。
『なあ、ホットミルク作ってよ』
『いいですよ。……ふふ、竜成さんは、意外と甘いものがお好きなんですね』
『ん?だってこれ飲むとさ、三日月の愛を感じる』

終わり



「あー、すげえ身体痛い」
「痛いで済んで良かったですよ。あの少年が、身体の深いところまで刺さなかったから良かったものの……」
「そうだな」
「これに懲りたら、しばらく週末のお遊びは控えた方がいいですね」
「じゃあ三日月」
「はい?」
「お前のホットミルク、直接注いでよ」
「っ」

終わり