落ちこぼれ/ベルト

「責めるわけじゃないんだけど」
と前置きした上で聞く。
「高科(タカシナ)は何のためにここに来てるの」
 向かいの席に座る高科は、視線を机の上にある紙コップに向けたまま眉をひそめた。
 夏休みも終わり、大学受験もいよいよ実感を帯びてくる。俺は塾講師で、高科は塾生で、一対一の面談を行っていた。
 講師による講座と自由に使える自習スペース、そして週に一度、必ず面談の時間が取られていた。
 積極的な連中は講師に直接わからないところを質問したり出来るが、中にはそうじゃないやつもいる。具体的な志望校への対策と含めて、相談相手になってやるのが目的だった。
「……」
 高科はなにも言わず、紙コップを見つめるばかりだった。そんなに見つめたって、中の麦茶はなくなりもしないし、熱くなるわけでもない。
 ……面倒臭いと思わないわけじゃない。仕事と割り切ってしまえばそれだけの話だ。
 けれども俺は、高科が心配だった。どこか無気力な彼の視線が、頭が、なにを考えているのか。
「ここの授業料、安くないでしょう。その費用は、親に出して貰ってるんだよね」
 ああ、責めてるみたい。こんな事言ったって、やる気が起こる事はないと、わかっている。
「このまま勉強しないで、適当な大学に行っても、大学にそもそも行かなくても、それは高科の自由だ。でもそれなら、ここに払ってる金も時間も、本当に無駄になってしまうんだよ」
 だから辞めてしまったら?なんて、この会社で働いている俺の言っていい事ではない。本来ならやる気を出させてやるのが仕事だ。
 けれども、高科を見ていると、勉強したいという気概が見られなかった。
 講座は部屋の後ろの方で静かに聴いているし、時間が許す限り自習スペースにいる。面談でわからないところを聞いても、ないと答える。
 それなのに高科の成績は一向に上がらなかった。高科自身がそんな現状に焦るわけでもない。
 だからこその、質問だった。"何のためにここに来ているの"と。
「……」
「……」
 高科は答えない。
 俺は答えるのを待った。今日はいつまでも待つつもりだった。
 この後の面談は高科で終わりで、塾の営業が終わるまで、俺は高科を延々待ち続ける予定と覚悟を持ってきた。
 だから、高科。
「理由があるなら、聞くから。言って」
 高科を見据えて俺は聞いた。
 高科は相変わらず、紙コップを見つめるばかりだった。

 高科は物静かな生徒だった。入塾の時から担当していて、今まで一度も笑った顔を見た事がない。他の塾生や、同じ学校の生徒もいるはずだが話している様子もない。
 まるで感情の死んだ高科だった。今だって一言も発さず、時計の針がカチカチと進む音だけがいやに響いて聞こえた。
「声に出して」
 俺が言うと、高科は目線をこちらに向けた。俺の言葉の意味を伺うように。
「考えてる事、全部言ってみろ。どんなことでも、全部。馬鹿にしたり笑ったりしない。ちゃんと聞くから、思いの丈、全部、そのまま口にしてみろ」
 高科は戸惑ったように視線を下に向け、また俺を見た。
 なにも考えていないわけじゃないんだ。でも、なにかに阻まれてそれを口にできないんだろう。
 俺の言葉に、高科は口をはくはくと動かした。喉元まで上がっている言葉を、声帯を震わせて。
「言ってみろよ」



「先生に犯されたい」

「頭からつま先まで余すとこなくいじめられたい。三日三晩眠らず犯されたい。身体中の穴という穴を嬲られたい。愛されたい。壊されたい。犯してほしい。なにも考えられない。先生はどんな声で、おれのことを犯してくれる?おれの身体をどうやって撫でてくれる?おれの汚い穴を無理やり引き裂いて犯してよ、おれの卑しい性器が枯れるまでぐずぐずに犯してよ」

「ずっとそれしか、考えられない」


 まるで白昼夢を見たようだった。
 まるで想像もしていなかった言葉が、俺の脳みそをガツンとぶん殴って、サーっと駆け抜けていった。
 グワングワンと揺さぶられ続けているのに、言った本人はまた、それまでの黙して語らない物静かな高科に戻ってしまった。
 つまりそれは、どういうことか。
 理解しようと頭を動かすのに、俺の頭はおかしくなっていた。
 目の前の高科をじっと見つめる。
 ただの男子高校生にすぎないのに、その服の下で、頭の中で、いやらしく犯されたがっている。
 強烈なラブコールに、俺は困惑した。
 だって、そんな、まさか。

「ベルト」
 俺は息を整えて、高科に声をかけた。
 高科は顔を上げて、俺を見る。
「ベルト外して」
 この部屋に監視カメラは付いているが、机の下は見えなかった。音声も録音はされていない。
 理解できていない高科を目で促すと、高科はカチャカチャとベルトを外した。そこに、麦茶が入ったままの紙コップを差し出す。
「そこに出して。俺に犯される事、想像しながら」
 高科はおずおずと手を伸ばし、紙コップを受け取った。
 その表情は、心なしか微笑んで見えた。

「んっ、ふ、あ、あ、」
「紙コップ潰すなよ」
 机の下でシコシコと勤しむ高科は、甘い声を零した。力が入って紙コップを潰さないように、でも必死で射精しようと、オナっている。
 俺はそれを眺めた。
 高科は俺とは決して目を合わせなかった。控えめに投げつける視線は、首から上には向かわない。
 けれどつぶさに見つめて、脳内でオカズにしているようだった。
 試しに机に置いた手の、人差し指を手招くように動かす。すると高科は、開いた口から舌を出して、まるで舐めるような仕草をした。
 触っていないのにいたずらしているようだった。
 俺が親指で挟むように動かすと、高科は舌を指で挟まれたようにして、あっあっと苦しげに呻いた。どこか嬉しそうな喘ぎにも思えた。
 そのまま指をこすり合わせると、舌を撫でられているように思ったのだろう。
「あああ……んああ……」
 震えながら泣いて喜んだ。
 犯している。犯されている。
 この奇妙なゲームに、胸が躍る。
「下はどう?」
 一旦手を離して、性器を握りこむように動かす。高科は目を瞑ってびくりと跳ねた。
「っひああ、っあ、」
「イった?」
「ん、ん、」
 高科は首を縦に振った。イったばかりで辛いのだろう。でも、俺が握って擦り上げる仕草を続けたから、高科も手を動かすのを止められない。
「高科は潮吹きしたことある?」
 俺はもう一方の手で、まるで亀頭を手のひらで撫でるみたいに動かす。目を見開いた高科は、机に突っ伏しながら必死に顔を上げ、さっきよりも上擦った声を零した。
「ああ……っあああっせ、んせ、あああっ」
 高科は机に顔を擦り付け、痙攣した。びたびたと床が濡れていくが、それはどうやら潮だけで、紙コップが受け止めきれなかった分が落ちたようだった。
 ただの落ちこぼれだと思っていたけれど、中々従順で健気だった。

「紙コップ見せて」
 余韻でとろけた目をする高科に言うと、高科はゆっくり身体を起こして起き上がり、机に紙コップを置いた。容量の増した液体は、白と茶色で濁っている。
「ありがとう。飲んでいいよ。喉乾いてるでしょう」
 高科は戸惑って、口をはくはくと動かす。一瞬紙コップを見つめて、意を決して口を付ける。
「待って」
 一気に飲み干そうとする高科を止めた。高科は忠実に、それに従う。
「一口ずつ、よく味わって飲みなよ」
 俺の言葉に高科は眉をひそめる。それから一口ずつ、ゆっくりと、ごくり、ごくりと飲んでいった。
「そうだ、床も汚れたから、綺麗にしておいてくれる?」
 飲み干したのを見計らってそう言うと、高科は静かに机の下に這い蹲り、濡れた床を舐め始めた。

 俺は、たいへんな玩具を手に入れてしまったようだ。


 それからは、俺にとって楽しい日々だった。高科にとってはどうなのだろう。いじめられたいという願望は少なくとも叶っている。
 成績は上げていかないと、俺の成績が悪くなってしまう。
「授業前に抜いたほうがいい?それとも授業が終わってから、ご褒美があると思ったほうがやる気出る?」
「は、ん、ん、わか、わかんない、です……」
 次の面談で、高科は震えながら答えた。性器に突き刺さった尿道責めの棒を抜き差しするのがとても善いらしい。机の下で、俺が動かす仕草に合わせて棒を抜いたり差したりしていた。
 相も変わらず、俺は高科に直接触れないまま高科をいじめていた。
「それ、深いとこまで突き刺して」
 言いながら、突き刺す仕草をすると、高科は身体をぎゅうっと縮こまらせた。
「ぐりぐりしたら、前立腺擦れて気持ちいいだろ」
「はあああっんあああっひっいい、いいっ」
 言われた通り前立腺をぐりぐりと責めているのだろう。丸まった背中がびくんびくんと跳ねて、高科は出さないでイったらしい。
「お仕置きにしたって高科が喜ぶだけだからなあ。高科はどうしたら勉強頑張れそう?」
 はあはあと、開いた口からよだれが垂れ落ちる。濡れそぼった唇がいやらしくて、触れたいと思ってしまった。監視カメラがあるから、それは出来ない。
「……、……」
 高科は口をはくはくとさせて、一粒涙を零した。気持ちよすぎて、という様子ではないらしい。
 瞳がうるうると濡れて、言葉を選んでいる。
「言ったろ、高科。馬鹿にしないし笑わないから、思ったこと全部口に出せって」
 高科の目が見開いて俺を見た。あの言葉は今だって継続中で、俺はいつだって高科の言葉を待っていた。
「おれ……おれは……」
 瞳が落ち着きなく動く。目があうと逸らして、また俺を見つめながら、少しずつ話し出した。
「学校でいじめられてる」
 躊躇いがちに吐き出した言葉。
 そう言う類ではないかとなんとなく思っていたが、その通りだった。
「学校行かなくていいから、勉強しなさいって……それで、ここ来て、」
 うるっと濡れた瞳から涙がポロポロ落ち始める。頭の中の記憶が、彼をそうさせた。
「勉強出来ないけど……毎週面談で、先生と話して……仕事だろうけど、おれの、おれの話、聞いてくれて……」
 高科は、目元を袖でぐっと拭った。俺は手を出さず静かに待った。
「先生のこと、ずっと考えてた。先生、に、会うの、は好き、だ。好きに、なったんだ、ずっと、ずっと考えてたから、犯されたいとか、そんな、そんな事ばっかりになった」
 言い終わると、ため息を吐いた。溜め込んだものが全部出て、少し落ち着いたようだった。
「じゃあ俺に会いに来てたんだ」
 俺が言うと、高科は少し顔を赤くして照れながら頷いた。もっとすごい事しているのに、照れているのが少しおかしかった。

「じゃあ、高校卒業して、大学行ったら俺と付き合おうか?」
「え」
 虚をつかれた高科は、顔を上げて俺を見て、言葉の意味をつかもうとした。
「勉強頑張る理由。高卒で働くより、普通科なら大学行った方が時間取れるだろうし。そのためなら頑張れそう?」
「あ、あのでも、」
「声に出す」
 俺が促すと、高科はハッとして口を開いた。トリガーになって、前よりずっと思いを言葉にしやすくなったようだ。
「おれで、いいんですか」
「いいよ」
 あっさりとした返事に高科はぽかんとする。
「ここ以外で高科のこと、直接触れたいから。だから高科、頑張って」
「……はい、……はい、頑張ります。頑張ります」
 やっと見せた高科の笑顔に、俺も頬が緩んだ。
 この先も高科の笑顔を見るために、俺も頑張るよ。

終わり