俺と弟は最強だった。最強にバカで、最強に強い、唯一無二のコンビだった。
俺は18歳、弟の哲太(テッタ)は16歳。二人で馬鹿みたいに喧嘩して日々を明け暮れていた。
弟がいれば俺は負けないし、俺がいれば弟は誰よりも強い。そんな、最強の兄弟だった。
ゾクッと、嫌な、それは虫の知らせとかいう、そういうものだったんだと、後から気付いた。
高校では、当然ながら二人、別々に行動していた。昼休みには屋上で昼飯を食ったり、授業がかったるかったら二人でサボったり。退屈な授業を、欠伸をしながら、今日の放課後はどうしようかと、そんな事をぼんやり考えていた。
「兄貴、先帰ってて」
「あー?なんか用事?俺も待つよ」
放課後、下駄箱で落ち合った哲太。少しソワソワした様子だ。
「いや、あのさ」
頬を掻きながら、照れたように話す。そんな顔見たの、初めてだった。
「なんか、ラブレター、もらって」
そう言って、哲太が掲げたのは淡いピンクの可愛い封筒。嘘だろ、と思いつつそれを奪い取り確認する。
『園木(ソノギ)哲太さまへ』
丁寧で読みやすいが、どこか丸みがあって可愛らしい文字。封筒からはほのかに甘い匂いすらした。
「うそだ……」
「兄貴?」
「うそだああああ!!!お、俺だって、ラブレターなんてっ」
破り捨てたい衝動に駆られたのをいち早く察知した哲太が、俺の手からラブレターを奪い取る。
「安心しろって」
哲太は息を吐いてぽんぽんと俺の肩を叩いた。
「おれには兄貴だけだからさ」
な?と笑う哲太。
そんな哲太に、俺はなにもかも合点がいった。
そうだ、哲太はそういう奴だ。俺より身長が高いし、男前だし、筋肉あるし、笑うと可愛くて、女に優しくて、喧嘩に強くて。
そりゃあ女にもモテるよな。
俺は、ぐすん、と泣きそうになりながら哲太の手を払った。
「彼女と爆発しろこのリア充」
俺はどうにも、かっこいい兄貴になんてなれそうになかった。
下校の道を一人で歩くのは久しぶりの事だった。物心ついた頃から、ずっと哲太がいた。朝から晩まで、よくも飽きないものだ。
よくよく思い出してみれば、喧嘩に明け暮れる日々が始まったのは、哲太と一緒にいたことが原因だった。
小6の時まで、俺は兄貴として、哲太を守ろうと二人手を繋いで歩いていた。それをクラスメイトから笑われた事があった。
男同士なのに!兄弟なのに!
後ろ指さされて、俺は怒ったんだ。馬鹿にされた事を。哲太が俺の手を振り払おうとした事を。
それからそのクラスメイトを殴り倒して、学校からは問題児扱いされた。その噂はあっという間に広がり、中学に進む頃には尾びれ背びれがついていた。
それを振り払うみたいに喧嘩して、背中には哲太がいて。
哲太さえいれば俺は無敵だった。
なんてこった、俺はこんなにもブラコンだったなんて。
「っかばかしいクソが」
ガコンと空っぽのゴミ箱を蹴散らして、一人こぼした。
第一、俺には哲太しかいないわけじゃないし。友達だっているんだ。そうだ、つまんねーから友達と遊ぶか。
そうやって携帯のラインを起動して、サッと血の気が引いた。
トーク相手が哲太しかいなかった。
そんな馬鹿なと、アドレス帳やツイッターを起動してみる。
哲太の連絡先しかないし、フォロワーは哲太しかいなかった。いや、ツイッターはずっと起動してなかったし。でもさ、だからって……そんな。
俺、究極のぼっちじゃん。哲太がいなくなったら、俺は、俺は……。
その時だった。
ぽこん。
哲太からラインで写真が送られてくる。彼女の写真か?くそが。
腹立ちながら即座にメッセージを確認する、俺はやっぱりブラコンなのかもしれない。
なんて馬鹿な考えもすっ飛ぶ。
もう一度血の気が引いた。なんだ、これは。
「哲太……?」
送られてきた写真は哲太の写真だった。
でも、それは普通の写真じゃない。
顔は眉を顰めて、苦痛に歪んでいた。
口はガムテープで塞がれている。腕は後ろで拘束されてるのかよくわからない。
上は着ているけど、下はなにも穿いていなかった。
足は持ち上げられ、膝裏を誰かの手が抑えていて、マッパの下半身がこちらにまざまざと晒されている。
ちんこには何か棒が、ケツの穴には極悪な太さのバイブが突っ込まれている。
穴は切れているのか、血が滴っていた。
嘘だ、なんだ、これは、これは……?
弟のこんな様子を見て、俺は何で……?
「くそっ……ぐ、う、」
馬鹿になった下半身が許せなくてグーで殴りつける。そんなことして当然痛くてしゃがみこんだ。
「哲太……」
訳がわからなかった。どうしたらいいのかも、頭が真っ白だった。
こんな、こんな事ってあるだろうか。
ぽこん。ぽこん。
もう一つ、画像と文章が送られてくる。
バイブを抜かれて、血の滴る穴が拡げられた写真。
それから一文、『○×ビル8階』。俺は即座に走り出した。
○×ビルは繁華街の外れにある寂れたビルだった。何の会社が入っているのかわからないが、看板には見た事もない社名が並んでいた。
噂だとアダルトショップだとか、ヤクザの事務所だとか、そんな話があった。
なんでもいい。罠に飛び込むようなものだけれど、それでも俺は、ビルの階段を駆け上った。
ガタバタン!!!!
「哲太ァ!」
8階にある扉は一つだけ。軽いノブを回して押し開くと、甘ったるい匂いがした。
「んんんっんんうっ」
くぐもった声、ひしめく熱気。数メートル先のソファーで、哲太に男が覆いかぶさっている。
「哲太、を、離せクソ野郎!!」
一足飛びで男の背後に近付き、その後頭部を蹴り飛ばす。横倒しになった男を退けながら、哲太に目をやった。
「哲太、大丈夫か」
ビリッと口のガムテープを外すと、哲太の唇が俺の唇を塞いだ。
「ヒーローの登場に、ヒロインのキスって?」
横から声がして、そちらを見るとスーツの男が携帯を弄っていた。
「10分で来るなんて、意外と足が速いんだな」
かしゃんと落とされた携帯は、哲太のものだった。こいつがラインを送ってきたのに間違いはなさそうだった。
「哲太、なんだよこいつら……」
珍しく泣いている哲太を抱きとめながら聞いたが、哲太は俺に頭を押し付けてくるだけでなにも答えはしなかった。だいぶ体力を消耗しているのか、顔色は悪く呼吸は浅い。
俺は着ていた学ランを哲太にかけて、立ち上がり男に向き直る。
スーツなんて出で立ちだが、その下には明らかに鍛えられた筋肉が服の上からでもわかった。隙だらけなように見えて、一歩でも動けば狩られてしまいそうな、そんな緊張感が身体に纏わりつく。
気持ち悪かった。頭の上から足の先まで、値踏みされているような。
「安心しろ、そいつの処女は破られてない。入れたのはオモチャだけだ」
口角を上げて不気味に笑う。なんて胸糞悪い。
スーツの男はすっと立ち上がり、一歩俺に寄った。
不気味だった。音もなく歩くような、あまりにも自然すぎる歩き方で、俺には、次にこいつが何をしてくるのかわからなかった。
ただ近付いてくるだけなのに、次の一歩がいつ出るのか、挙動がわからない。
まるで蜃気楼でも見ているよう。
「それに」
「う、あ、」
気付いた瞬間には、男は俺の目の前にいた。喉元を掴まれ、呼吸が出来ない。
「本当の狙いはお前だ、真人(サナト)」
ガクンと意識が俺の手からこぼれ落ちた。
微かに、哲太が俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。
大丈夫だよ哲太、俺がお前を守るから……。
続く