おねむな柿狗くんは、見ていて癒される。
今朝は祝日で休みだったので、朝早くから柿狗くんの元へ。案の定寝ていた柿狗くんのベッドに僕も横になる。
布団に包まれて幸せそうな寝顔の柿狗くん。僕が来たのに、全く気付く様子もない。
僕は自分の腕を枕に、しげしげと柿狗くんを眺めた。
短いまつ毛、手入れもしていない眉、乾燥した唇。なに一つ整ってはいない、ごく普通の成人男性の顔。
漫画やドラマに出てくる可愛い男の子ではない。それなのにどうしてだろう。
静かに寝息を立てて惰眠を貪る柿狗くんが、愛おしくて仕方ないのは。
いつから僕は、柿狗くんをこんな風に思うようになったのだろう。
何をするでもなく、じっと柿狗くんを見つめる。そのうち僕がいることに気付いて、目を覚ましてくれるかな。
早く目を覚ましたらいいのに。
可愛い可愛い柿狗くんが、僕のいない夢の世界で幸せそうにしているなんて。
柿狗くんの夢に嫉妬するなんて相当だ。でも、現実も夢も、柿狗くんの中は僕でいっぱいになってしまえばいいのに。
明白な独占欲。だけど、柿狗くんは誰にも奪われることはない。引きこもりのニートだもの。だからそれだけは安心できる。
触ったら起きてしまうかな。
僕は少しだけ柿狗くんと距離を近付けた。
柿狗くんの皮のめくれた唇の端に目がいく。浅く開いた唇。その奥にある舌を、舌に僕の舌を絡めて、息継ぎの下手な柿狗くんが泣くまで貪りたい。
泣き言もなにもかも僕の口で塞いで、息絶えるその時まで酸素を共有し続けたい。
鼻と鼻がつきそうな程近くまできて、柿狗くんは目を覚ました。
まだ夢と現実が曖昧らしくて、ぼーっとした目で僕を見る。
「……」
眠たげに、ゆっくりと瞬きを繰り返す。どんなに寝ても、もっと寝たいと思うくらい、柿狗くんは寝るのが好きらしい。
「なに」
寝起きで掠れた声が僕に聞いた。
目を開けていられないのか、目をつぶった。
「なんでもないよ、別に」
僕が言うと、興味なさそうにふーん、と言う。
本当になんとなく、柿狗くんに会いたくなっただけ。
生放送してもよかったし、そうじゃなくてもよかった。したい時にしたい事をする、そんなところは僕達すごく似ていると思うんだ。
「寒くないの」
「んー、ちょっと」
ベッド以外に生活感のない柿狗くんの部屋は、外気に左右されやすい。まだ早朝の今は、下手すれば息が白くなるほど室温が低かった。
「入れば」
柿狗くんはそう言って、ごろんと寝返りをうち、僕のためにスペースを開けてくれた。
でも、僕に背中を向けている。
「ありがとう。でも、なんでそっち向いてるの?」
僕はもぞもぞと布団に潜り込み、柿狗くんの背中を眺めた。
僕と背丈は変わらないのに、とても小さく見える背中だった。
「だってお前は、俺のこと背中から抱きしめるの好きなんだろ」
もう眠い、と声が小さくなっていく。僕はなんとも言えない気分になった。
たしかに僕は、背中から柿狗くんを抱きしめるのが好きだ。隙間もなく密着して、柿狗くんの身体を全部包み込めるから。
だから柿狗くんは、僕が好きな事をするために、僕のために背中を向けてくれたんだと。
それが何だか嬉しかったんだから、僕は今少しおかしくなっているのかも知れない。
柿狗くんに何を言えばいいのかも思いつかなかったから、僕は背中から柿狗くんを抱きしめた。
腕の中におさまる柿狗くんが、とても心地良い。
ぴったりおさまる僕たちは、きっとこうなるためにこの世に生まれたんじゃないかと思えるくらいだった。それは大げさか。
もしかしたら僕も眠いのかもしれない。
トクトクと背中ごしに響く心音が眠気を誘う子守唄のようだった。
「違うのかと思った」
安心した声で呟いた柿狗くん。
僕はなるべく柿狗くんにくっつくように、体を押し付けた。
そのうち寝息が重なって、目を覚ましたのはお昼過ぎだった。たまにはこんなのも、いいかもしれない。
終わり