自宅最寄り駅の前に古佐治が立っているのを見て、ぞっとした。
世の中のストーカー被害と言うものを聞いても他人事にしか思えなかったが、実際自分があってみると怪談話のような寒気がするものだ。
ああ、これは本当に柿狗くんとのことを考えなければいけないな。
この男が僕に向かってくるなら問題ない。一番恐ろしいのは、柿狗くんに魔の手が伸びることだから。
そんな週末を終え、自宅には帰らず外泊したりして古佐治を撒いて柿狗くんの元へ。
柿狗くんの自宅がバレてしまったら、柿狗くんは自衛できないからね。
「柿狗くん、今度の生放送でしばらく放送をお休みにしようと思うんだ。柿狗くんと会うのも、ちょっとやめようと思って」
柿狗くんに会うのはリスクを上げる事だが、如何せん直接会う以外の連絡の取りようがない。
携帯は持っていない、家電は出ない、手紙は受け取らない、パソコンは触らない。
それが柿狗くん。
「嬉しい?」
ベッドの上で向こう側に顔を向けている柿狗くんの背中に聞いてみる。柿狗くんは何も言わない。
「嬉しくない?」
こんなことを聞いたところで、柿狗くんが答えるわけもない。柿狗くんにとっては嬉しいも嬉しくないもなく、僕が強要するからただしているだけに過ぎない。
僕の強要から逃げないのも、柿狗くんにはここしか居場所がないからだ。
「知らない」
ぼそり呟いた柿狗くん。
柿狗くんから感情がなくなったのはいつからだったっけ。
いや、完全に感情がないわけではないし、最近では嫌がることも、ある一部分において(僕に挿入するなど)は嬉々として興味を持つようにもなった。それでも普通よりは感情表現が小さい。
そんな柿狗くんが哀れで愛おしい。
「少し時間空けるだけだから、またそのうち生放送は再開するつもりなんだ。そのときは、柿狗くんとアナルセックスするつもり。楽しみだなあ」
あれ、なんだかこれ死亡フラグ立つ言い方じゃない?
いやいや、そんなことはないのだけれど。
「あっそ」
興味なさげにする柿狗くんの背中に、いつもより哀愁を感じる。その背中に触れて、抱きしめてあげたい。
手を伸ばして、肩に触れる。びくりと跳ねる身体に、僕も緊張する。
「知りたい?理由」
「いらない」
柿狗くんは天邪鬼だから、聞いた事にはいいえと答えるものね。
でも理由を話したところで、柿狗くんが不安になることも安心することもない。だから話す方がいいのか悪いのか聞いた。
こんなことで迷うなんて、僕もちょっと疲れているのかもしれない。柿狗くんの事なら掛け値なしで考えられるのに。
「今日はそれ言いにきたの?」
珍しく柿狗くんが僕に聞いた。
「うん。また次に生放送して、それからしばらくお休みにするよー、って柿狗くんに伝えておこうと思って」
「ふーん」
生放送すると思ったのかな?
でもこの間ソープごっこもしたしね。
「……それに、柿狗くんに会いたいなー、って思って。ね、一緒に寝ていい?」
聞いたら柿狗くんは天邪鬼だから、答えない。
それでも聞いてしまうのは僕の癖だし、答えないのは柿狗くんの性格上仕方のないことだ。
「一緒に寝るね。ぎゅーってさせて」
ベッドに潜り込んで、背中からぎゅーっと抱きしめる。
別に今日お別れするわけでもないし、生放送はお休みするだけで辞めるわけでもない。柿狗くんに会うのを控えるのも、古佐治をどうにかするまでの間のこと。
それなのに寂しくなってしまう。変な感じだ。
僕は柿狗くんに縋るように抱きついて、目をつぶった。
柿狗くんが僕の手に手を重ねたのが、温かくて心地良かった。
終わり