57仲直り

 柿狗くんの部屋の前に立って小一時間。なんとなく部屋に入れないまま、時間が過ぎてしまった。
 昨日は僕が部屋を出るまで、柿狗くんは僕のことを一度も見てくれなかった。
 柿狗くんは優しくて愚かだから、僕がどんなに酷いことをしても最後には僕のことを許してくれる。
 柿狗くんには僕しかいないから。
 だけど昨日は違った。だから部屋に入れない。
 がちゃ、ガンッ。
「いっ……」
 顔面に扉がぶち当たり、思わず床にしゃがみ込む。鼻をぶつけたみたいで、ジンジンする。
「……」
 視線を感じたので見上げると、何してんの、みたいな顔で僕のことを見下ろしてる柿狗くん。
 目頭が熱くなる。
 柿狗くんを見ただけで心が反応して涙腺が緩むなんて、僕はもう柿狗くんの事を好き過ぎて仕方ないのかもしれない。
「柿狗くんっ……」
 ガッ。
「あっ」
 柿狗くんを抱きしめてたくて立ち上がり、手を伸ばす前にバタンと扉閉められる。
 そこまで拒否しなくても……。
 落ち込んでいると、ポタポタと床に液体が落ちた。僕泣いてるのかな。
 なんて思っていると、扉の隙間から柿狗くんが覗いてきてる。
 可愛い、柿狗くん可愛い。
「鼻血、きもい」
 バタン。
 どうやら会っていきなり鼻血を垂らした僕を見て、引いたらしい。
 っていうか鼻血出てる、ほんとに。床に落ちてるの血だよ、涙じゃなかった。
 扉にぶつけた時に出たらしく、結構な量だった。僕は慌ててトイレに行き、トイレットペーパーで鼻を拭った。
 でもキモいはないよ、キモいは……。
 鼻血がようやく止まって、再び柿狗くんの部屋の前で迷うこと20分。
 さっきは僕がいないと思ったから柿狗くんが出てきたわけで、僕がいると知った今、柿狗くんは部屋から出てこないだろう。
 僕は意を決して、部屋の扉を開いた。
 簡単に開く扉に、なぜだかホッとした。
 視線を上げて部屋を見回すと、ベッドに横になっている柿狗くん。僕に背を向けて、でも眠ってはいないみたい。
 僕はベッドの前に正座する。
 細い背中を抱き締めたくて仕方ない。そっと手を伸ばし、背中に触れるか触れないかのところでパチンと手を弾かれた。
 一瞬、電気が走ったような刺激に、なにが起こったのかわからなくて手がジンジンするのをぼんやりと感じた。それから僕の手を叩いた柿狗くんの手も痛いだろうな、と思った。
「わかったよ、僕は触らない」
 そんなに嫌なら、触らないよ。
 僕は柿狗くんの背中に言った。
「柿狗くんが許してくれるまで、僕は触らないから」
 ベッドに額を乗せて、目をつぶる。
 柿狗くんのにおいがしみついたベッドのシーツ。鼻から息を吸い上げると、柿狗くんのにおいで体内が満たされていく。
 目の前に柿狗くんがいるのに、触れないなんて酷な話。
 柿狗くん。
 柿狗くん……。
 どうしてだか名前を呼ぶことさえためらってしまう。
 ぎしぎしとベッドが軋んで、柿狗くんが身体を動かしたみたい。僕はぺったり顔をベッドにつけているからわからない。
 そっと頭に触れられる感覚。
 僕は柿狗くんに逃げられないように、少しだけ顔を上げる。柿狗くんと目が合った。
「お前はダメ。俺が触る」
 わかりやすい命令に、僕は目をつぶる事で了解の意を示す。
 柿狗くんも横になったまま、ペタペタと頭を触った。頭をひとしきり触ると、耳をきゅっと握られる。
 そんな触られ方したことないから、びくっとしながらなるべく動かないようにした。
 まるで柿狗くんは、僕という人間を確かめるように触った。
 今度は耳から顔の輪郭を辿って、顔を遠慮なく触られる。さっきぶつけた鼻には優しく触ってほしいな。
「あいたたた」
 急に顔をぐいっと引っ張られて、首を捻るかと思った。
「痛くない」
「はいはい」
 そんな無茶な、と思いつつ柿狗くんのしたいようにさせてあげる。
 柿狗くんの引っ張るままに合わせて動くと、ベッドに乗り上げて、柿狗くんに跨る形になる。それでも僕はまだ触れてはいけないらしい。
 僕はベッドの上で不安定な膝立ちをして、柿狗くんの腰のあたりを跨いだ。倒れそうで柿狗くんの顔の横に手を着く。
 腕の力を抜けば簡単にキスを出来る距離、それでも今の僕にそれをすることは許されていない。
 柿狗くんの手は首を通り、喉仏を触られ、鎖骨をなぞり、胸板をまさぐる。
 構成自体は柿狗くんとなに一つ変わらないのに、どうして柿狗くんとは何かが違うんだろう。
 柿狗くんも、柿狗くんと僕との違いを確かめているんだろうか。
 柿狗くんのしていることを静かに見守る。
「シャツ脱いで」
「わかった」
 言われたとおり、上に着ていたシャツを脱ぎ床に捨てる。
 僕が服を脱ぐことはあんまりないし、下半身裸の方が多いから、僕だけ上を脱ぐというのはなんだか新鮮。
「さっきみたいにして」
「ん、こうかな?」
 また柿狗くんの顔の横に手を着く。この体勢、これはこれで辛いんだよね。
 柿狗くんの手がペタペタと素肌に触れる。なんだかくすぐったい。
 乳首をスイッチのように指で押されると笑ってしまった。そんな色気ない乳首の触り方ってないよ。
 乳首にはあんまり興味がないのか、そのまま下の方へペタペタと辿っていく。薄く割れた腹筋の線をなぞり、へそに指を入れられる。
「あんまり指突っ込まれるとお腹痛くなっちゃう」
「ん」
 僕が言うと、柿狗くんはへそから指を離した。
 次はベルトをつけたズボンが行く手を阻むけど、どうするのかな?
「脱いで、全部」
「うん」
 さすがにズボンを脱ぐのに柿狗くんに跨ったままは難しいからね。一旦ベッドから降りて、ズボンとパンツを床に下ろす。
 柿狗くんに全部を曝け出すのはなんだか照れくさいけど、柿狗くんになら喜んで見せられるよ。
「もっとこっち」
「うん」
 柿狗くんに指示されて、立ち位置を上にずらす。上半身を起こした柿狗くんに、自分の股間を見せつけるような位置まで移動した。
 柿狗くんの手が腰骨からアンダーヘアーのあたりを丁寧になぞり、毛の生え際を撫でられる。
 焦らされるような刺激に、それでも僕のお○んちんはかま首をもたげる。なにより柿狗くんの冷めた目に見つめられるとゾクゾクしてしまう。
 興味なさそうに熱の入らない視線で、一つ一つ細かいところまで見定められる。まるで柿狗くんのおもちゃだ。
 中身がどうなってるのか、君の目で確かめてよ。
「ん……」
 柿狗くんの手が僕のお○んちんを握った。根元から先端まで、指が撫でていく。
 丹念に触れられて、僕は柿狗くんに触れられるだけで身体が喜ぶ事を知った。硬さを増して、1番硬くなったところで柿狗くんが僕の目を見つめた。
 僕のお○んちん握りながら僕のこと見つめて、興奮しないわけないでしょう。「っ……」
 どぷり、液が穴から零れる。柿狗くんの手を汚してしまうその液が羨ましい。
 僕も柿狗くんの肌に触れたい。指の一本でもいい、僕が柿狗くんに触りたい。
 そんな感情が僕のお腹の中から溢れてくるようで、欲しくてたまらないと柿狗くんの目を見つめて願い続ける。
 僕なしに柿狗くんは生きられないと思っていたけど違う。
 柿狗くんなしには、僕は生きられない。
「……飽きた」
 ぱっと手を離して、ぽつりと呟いた柿狗くん。そのままベッドに寝そべる。
 僕をチラッと見て、目をつぶる柿狗くん。
 第三者が見たら、ベッドで眠る柿狗くんの上に全裸で跨って変態でしかない僕だけど、でもまだ柿狗くんに触れる許可は出てない。
 僕のお○んちんから汁が垂れて、柿狗くんの服を汚した。柿狗くん、僕はどうしたらいいの?
「いつも勝手するくせに」
 目を逸らしたまま柿狗くんが言った。
 だって、僕が勝手だから柿狗くんを傷付けたんでしょう?
 僕は触れないまま、柿狗くんを見つめる。
 目をつぶった柿狗くんが時折僕をチラッと見る。言ってよ柿狗くん、僕はわからないよ。
 柿狗くんの顔の横に手を着き、顔をギリギリ触れないところまで下ろす。目と鼻の先、お互いの吐息がかかる距離。
「……触っていい?」
 僕が聞くと、柿狗くんは何も答えない。
 あと少し動くだけで唇は触れ合う。
「ねえ、触りたい……柿狗くんに触りたい、ぎゅって抱きしめたいよ、ねえ」
「知らない……」
 柿狗くんがぽそっと言った。
「好きにすればいいじゃん」
 素直じゃない柿狗くんの、精一杯の言葉だって、僕は知ってる。
 突き放すような声色じゃなくて、もっと甘えるような、小さな囁きに僕は抑えられない。
 重ねた唇を貪るように、呼吸も忘れてキスをした。柿狗くんの手が求めるから、僕は手を重ねて握る。
 こんな幸福な瞬間を、僕は失うわけにはいかないんだ。
「柿狗くん大好き」
 僕も柿狗くんの横に寝転がり、柿狗くんを抱き締める。
 簡単に口にすると意味が薄れるなんていう人がいる。だけど僕は柿狗くんへの気持ちが溢れて堪えられない。
 僕の気持ちはどんどん大きくなっていくんだ。気持ちが強くなるたびに、大好きが零れるんだよ。
「当たってんの気持ち悪い」
 わーすごい、僕のこんな浮かび上がるようなテンションを柿狗くんは一言でドン底まで突き落としてくれる。
「早く服着ろよ」
 そうだよね、裸でなにしてんの、って感じだもんね。ああ、ジーパンだから大きくなったお○んちんしまうの辛いよ。
「俺もう、寝たいんだから」
 柿狗くんはベッドの半分側で小さくなって、背中を向けていった。
「僕も一緒に寝ていい?」
「好きに、したら」
 僕、柿狗くんのこういうところ大好き。
 ベッドに飛び込んで、背中からぎゅっと抱き締める。
「……」
 耳に届かないほどの小さな音で柿狗くんがなにか言ったみたい。
 幸せな夢を見てるといいな。