ハッと目が覚めて、涙がぼたぼた出てくる。今しがた見た夢のせいだ。
あまりに非現実的で、それなのに真実味を帯びた、身の毛のよだつ夢。どんなホラーよりも恐ろしい夢を見た。
僕は、目の前でまだすやすや眠る柿狗くんに抱き付いた。縋り付くというのが正しい表現かもしれない。
腕の中の温もりにホッとする。
さっきのは夢だ、これが現実だと教えてくれる。それでも腕は、緊張で震えていた。
うなじに鼻を押し付け、鼻腔いっぱいに柿狗くんの匂いを吸い込む。
やばい薬なんかよりもずっと、僕を幸福にしてくれた。だけどまだ、早鐘を打つ心臓は落ち着かない。
速すぎる心拍に頭がぐるぐるしてきた。
気持ち悪い。
「ん……なに……」
僕があまりにもくっつきすぎて窮屈だったのか、柿狗くんが目を覚ましてしまったらしい。
上手く呼吸もできない僕は、唾を飲み込みなんとか自分を落ち着けて、柿狗くんに答える。
「ごめん、ね。寝てていいから」
ずず、鼻水が垂れてくる。ちょっと鼻声になってしまった。
どうして涙はまだ止まらないのか。
「もう少し、このままでいさせて」
柿狗くんは何も答えない。もう寝ちゃったのかな?それならそれでいいんだ。
僕は柿狗くんにこうして触れているだけで、それはもう、安心と幸福に包まれるんだから。
と思ってると、柿狗くんが無理やり身体をひっくり返して僕の方を向いた。
びっくりしたけれど、泣いてる顔なんて見られたくないから僕は柿狗くんの目に手を当てて目隠しした。
「なに」
柿狗くんが口元をにやにやさせながら喋り出す。
「泣いてんの」
なんだよ、すぐに隠したのに、バレてるじゃない。僕は鼻水が垂れそうなのと、鼻声で答えるのが嫌でなんとも言えなかった。
柿狗くんの手が伸びて、柿狗くんの目を覆う僕の手を辿り、僕の顔をぺたぺた触れる。
「へー、泣いてんだ」
いつも泣くのは柿狗くんだからね。目の周りをぺたぺた触られ、涙が顔中に広がっていく。
「ふーん」
少し嬉しそうな柿狗くんに、僕もなんだか少し嬉しくなる。
ぺたぺたと触れられるのが心地良い。
「もう、泣いてないよ」
「ふーん?」
柿狗くんの指が口元に来たからパクッと咥えてあげる。僕の涙で少ししょっぱい。
「なんで泣いてたんだ?」
口の中から柿狗くんの指が引き抜かれて名残惜しい。
ただ、指についた僕の唾液を、僕の顔で拭くのはやめて欲しいね。
「……ちょっとね、怖い夢見ちゃって」
柿狗くんの目が見たくなって、僕は手をどけた。
少し眩しそうに瞬いたあと、柿狗くんが僕をじっと見つめる。
「柿狗くんは怖い夢見た時、どうするの?」
柿狗くんは眠りのプロだもんね。知ってるかな。
少し落ち着いたとはいえ、またあんな夢見たくないよ。
「また寝る」
「ええ?また怖い夢見るかも、って不安にならない?」
柿狗くんが僕の腕を引っ張るので、その通り動かすと腕枕になっていた。柿狗くんの頭が腕に乗せられ、ちょうどいい位置を探してぐりぐりされる。
「そしたら起きて、また寝ればいいんだろ」
「……そっか」
ちょうどいいポジションについたらしい、柿狗くんは目をつぶった。
「夢は夢だろ」
そんな当たり前の事だけど、柿狗くんに教えてもらって、僕は気持ちがスッと軽くなる。
そっか、夢は夢だもんね、柿狗くんは僕の腕の中にいる。
「柿狗くんてすごいね」
僕は柿狗くんをぎゅっと抱きしめて、目をつぶった。
「苦しい死ぬ」
柿狗くんに胸を押されて少し離されたけど、それでも十分なほど近くに柿狗くんがいる。
すぐに眠ってしまった柿狗くんの顔を見ていたら、いつの間にか僕も眠っていた。
もう夢は、怖くなかった。