66パンダパジャマ

 柿狗くんの部屋の扉を開けると、椅子の上でうとうとしている柿狗くんが目に入った。
 相変わらずパンダのパジャマを着ていて、可愛いけれど僕は胸が痛い。
 最近は眠りが浅いのか、柿狗くんの顔色はあまり良くない。
 柿狗くんが一番好きなのは、落ち着くのはベッドの上でごろごろしている瞬間でしょう。それなのに椅子の上でうとうとするなんて、全然、らしくないんだよ。
「柿狗くん、大丈夫?ベッド行こうか」
 フードの上から頭を撫でてあげると、僕に甘えるようにしがみついた。はいはい、抱っこね。
 甘えてくれるのはすごく嬉しい。だって可愛いもの。
 でも、抑圧された柿狗くんの心が無理をしているのかもしれないと思うと、手放しで喜べない。
 柿狗くんを抱き上げると、前より軽くなった気がする。僕は柿狗くんに触れるだけで全部わかるんだよ。だってこんなにも、柿狗くんのことを思っているんだから。
 ベッドの上に乗り、ヘッドボードを背もたれに座って、柿狗くんを抱き締めた。小さくて細くて折れてしまいそうな、愛しくて愛しくてたまらない柿狗くん。
 柿狗くんの手が僕の頬をなぞり、柿狗くんの欲情して潤んだ目が僕を見つめる。そっと顔を近付ける柿狗くん。
 柿狗くんが心から望むというのなら、僕はなんだって、いいんだよ。
「ん…ふ……」
 僕から唇を重ねて、柿狗くんの口内を貪る。絡めてくる舌も、僕にすがる手も、全部大好き。
 全部全部大好きだって、ちゃんと伝わってよ。
「ん……ん、は……あ、」
 柿狗くんが腰をよじって股間の熱を当ててくる。今更ながら、パジャマの下は裸だという事に気付いた。
 僕は腰を抱き寄せる。
 柿狗くんが柿狗くんじゃないみたい。身体の熱が冷めていくような感覚。
 どうしよう、今の柿狗くんに、応えられる気がしない。好きなのに、好きでたまらないのに。
 こんなの柿狗くんじゃない、なんて、言えるわけない。
「………」
 気が付くとキスは終わっていて、熱で上気した柿狗くんは僕から離れていた。
 僕はどんな顔で柿狗くんを見ていたんだろう。柿狗くんは傷付いた顔をしている。
 柿狗くんはぺたんとベッドに座り、顔を手で覆った。柿狗くんは静かに泣き出した。
 泣いてから手を伸ばすなんておかしいよね。泣かせたのは僕なのに。それでも手を伸ばすと、それから逃げるように柿狗くんは身体を引いた。
 僕は肝心なところで臆病になってしまうから、いつだって柿狗くんを傷付けてしまうんだ。
 だからもう僕は、僕のしたいことをしよう。
 僕は柿狗くんを抱き締めた。僕の中で柿狗くんはすっぽり収まっている。可愛いパンダのフードを外して、泣いてる柿狗くんの額に額を寄せた。
「僕は柿狗くんが好きです。どんな柿狗くんでも好きです。柿狗くんが望んでいるなら、僕は喜んで受けるよ。でも柿狗くんが本当は望んでないなら、無理してるなら、辛いなら、そんなことしなくていいんだよ」
 おでこをくっつけると僕の気持ちが五割増しくらいで伝わるんじゃないかな、なんて思いながら言ってみる。
 柿狗くんは首を横にふるふると振った。
「柿狗くんは今、どうしたい?」
 僕が聞くと柿狗くんは首を横に振る。さっき僕に拒否されたから、怖がらせてしまっているんだ。
 それに、柿狗くんは無意識なうちに性依存になっているから、エッチなことをしたい気分が本当の気持ちなのかどうなのか、柿狗くん自身もわからなくなっているのかもしれない。
「柿狗くんは僕のこと嫌い?」
 柿狗くんは身体をぎゅっと縮こまらせて、緊張しながら首を横に振る。
「口で言える?」
「……き、き、きらいじゃ、ない……」
 首を振りながら必死に言う柿狗くん。
 僕は柿狗くんに好きだと言ってきたけれど、柿狗くんに僕のことを聞いたことはない。
 とてもじゃないけれど、怖くて聞けなかった。だから今も、ホッとしている。
「……じゃあ、僕のこと、好き?」
 僕が聞くと、柿狗くんは泣きそうになりながら口をぱくぱくさせた。うまく言葉に出来ないんだ。
 だから僕は柿狗くんを抱き締めた。
「いいんだよ、言えなくて。無理して言わなくて、本当に」
 僕に聞かれて答えられないことが苦しいのか、ひくひくと泣き始めたから何度も小さく唇を重ねる。
「答えが出せないところだって、僕はちゃんと柿狗くんのこと、好きなんだよ」
 気持ちを相手に伝えるのって、本当に難しい。僕の意図しない意味で伝わってしまうかもしれない。
 もっと優しい言葉で、上手に伝えられたらいいのに。
「柿狗くんの言いたいこと、したいことだけすればいいんだよ。僕のことなんて考えなくていい。柿狗くんが今、どうしたいのか、それだけを考えて」
 僕が言うと、柿狗くんはゆっくり飲み込むように頷いた。
 柿狗くんはもぞもぞと布団を剥がし、ベッドに寝転がる。半分空いたスペースをぽんぽんと叩き、小さく、ここ、と言った。
 僕は嬉しくて笑みがこぼれる。
 僕が空いたスペースに横になると、柿狗くんは背中を向けた。チラッと僕を見るから、僕は柿狗くんを背中から抱きしめる。
「これが柿狗くんの今一番したいこと?」
「寝るから、黙ってて」
 柿狗くんの肩から力が抜けて、こてんと頭が揺れた。
「柿狗くん、大好き」
 思わずこぼした言葉に、柿狗くんは小さく、俺も、と呟いた。