69指輪

 いつか、いつかと思ったまま、渡せないでいたそれ。
 臆病な僕の心配を吹き飛ばしてくれるのは、いつだって柿狗くんの優しさと純粋さだった。
「これなに」
 鞄の口が開いていて、見えてしまったんだろうね。
 柿狗くんが取り出した小箱は、だいたいの大人が見れば中身を想像できるシルエットをしている。濃いブルーの生地で出来た、小さい箱。
 ほんとうにわからないのかな。
「……教えてあげる」
 柿狗くんの手から箱を取り戻す。
 もっとちゃんとロマンチックに渡したかったのだけれど、そんなことを言っていたらきっと僕は渡せないだろうから。
 柿狗くんを椅子に座らせて、僕はその前に跪く。
 これを用意したのは、もうだいぶ前のことだ。買うのは簡単だったのに、いざ渡す段になると僕は躊躇って渡せないでいた。
 ぱこっ、と開けた中に収まるシルバーのシンプルな指輪。愛しい人のために用意する、愛の形。
 僕は右手の人差し指と中指、親指で掴み、左手で柿狗くんの左手に触れる。
 ビクリと反応してから、そっと差し出された手。ふふ、緊張するんだよね、こういうのって。もっとかっこ良くできたらいいのに、緊張で僕の手は冷たい。
 そっと左手薬指に指輪を通す。サイズがぴったりなのは、寝ている間に測ったから。
 柿狗くんのためだけに用意した、柿狗くんのための指輪。柿狗くんはそれを静かに見つめた。僕はドキドキして床から目が離せない。
 スウェットから覗く柿狗くんの足可愛い、またパンダパジャマ着て欲しいな。
 そんな関係ないことばかり考えてしまうのは、このなんとも言えない空気を紛らわすためだ。
「お前のは」
「え?」
 気を逸らしていた僕は柿狗くんの言葉を聞き漏らしてしまった。
 顔を上げて柿狗くんを見ると、柿狗くんは僕の目をじっと見ていたからどきっとする。
「お前のは、指輪」
「あ、あるよ、今持ってくる」
 鞄のポケットにむき身でしまわれた僕の指輪。柿狗くんともちろんお揃いのシルバーリング。
 持っていくと柿狗くんが手を差し出す。その手のひらにちょこんと乗せ、僕は再び柿狗くんの前に跪く。
 左手を差し出すと、柿狗くんの左手が支え、右手でゆっくり指輪をはめてくれる。
 少しずつ指が締められ、ぴったりおさめられた指輪。
 たったそれだけのことなのに、どうしようもなく気持ちが溢れてくる。
「きもい」
「……だって、仕方ないじゃない」
 にやにやが全然止まらなくてたまらないでいると、柿狗くんに言われてしまった。
 でも満更でもないって顔をしている柿狗くんのこと見たら、余計気持ちはたかぶってしまう。
 柿狗くんの手に手を重ねて、指を絡める。指に触れた指輪が、たったそれだけで嬉しい。
「柿狗くん大好き」
 言いながら唇を重ねる。控えめに触れてきた舌を絡め取り、口内を犯していく。
 柿狗くんの舌の熱に、僕の体温は上昇していく一方だった。
「は……んん……」
 柿狗くんの口端から唾液が零れ、細い指が僕の手を握る力を強める。
「はあ、はあ……」
 唇を離すと呼吸の荒い柿狗くんは僕の肩に額を乗せて小さく喘いだ。その身体を抱くように僕も柿狗くんの肩に額を乗せる。
 首筋に顔を埋めて、舌を這わせると、んん、と悶えた。
 左手で柿狗くんの身体を辿る。細くて、骨みたいな身体。
 すぐ体重を落としてしまう繊細な、それでも僕の淫行に応えてくれる柔らかい、愛しい柿狗くんの身体。
 ツンと尖った乳首をシャツ越しに親指で掠めると柿狗くんがびくんと反応する。
 もっと、もっと深いところまで触れたい僕はそのまま手を降ろしていった。スウェットを柔らかく押し上げるおちんち○。
 スウェットとパンツのゴムを掴んで降ろすと、ぽろんと顔を出す。先端からはやらしい液が糸を引いて、僕に触られるのを待っているようだ。
「柿狗くん、僕のも触って……?」
 柿狗くんの手を引いて、僕の股間にあてがう。ズボンの上から熱をなぞられ、背筋がぞくぞくとする。
 柿狗くんの指がズボンのチャックを降ろし、熱を孕んだ僕のおちんち○を取り出す。
 指先が亀頭から竿をゆっくり撫でていく、その気持ちよさに眼を細めながら柿狗くんに口付けた。
 柿狗くんのおちんち○を擦りあげると、柿狗くんの手も真似するように上下に動かしてくれる。
 逆に柿狗くんが僕の亀頭を触るのは、柿狗くんも触って欲しいという意思表示だろう。
「んっん……」
「は、あ……、」
 限界の近付いた僕は柿狗くんの腰を引いて椅子に寝そべらせ、覆いかぶさるようにして僕と柿狗くんのおちんち○を重ねて扱く。
「あっあっあっ、っん、あ」
 柿狗くんの手は、おちんち○を扱く僕の手にただ添えられる。甘い手淫に、僕たちは果てた。

 銀色に光る指輪、ただお揃いというだけの、僕と柿狗くんを繋ぐもの。
 用意したのは、形が欲しかったからだ。
 なかなか渡せなかったのは、柿狗くんを無為に縛り付けてしまうと思ったからだ。
 でもきっと、今なら二人を繋ぐ、それ以上でもそれ以下でもない指輪になったよね。
 僕が僕の部屋で指輪を眺める頃、柿狗くんもベッドの上で指輪を眺めているのかな。