3/12 月曜日 曇り

 期待してたわけじゃない。でも何か変わってるんじゃないかと思った。
 ほんの少し、そう思っただけだ。

「お早う長谷」
 ハセって誰…?
 ああ、俺のことか。
「なにアホ面してんだよ?お早う、って言ってんだろ」
 軽く笑いながら言う、お前は誰だっけ。
「…………はょぅ」
 あいさつが、久しぶりで変だ。変と言うより、妙な感じ。
 隣の席のソイツとは、特に話をするでもなく、ただ隣なだけだった。
 俺も、ただ隣なだけだった。

 帰りぎわのこと。
「あ、長谷帰んの?」
 4時間の短縮授業で、帰宅部の俺がここにいる理由はないわけで、帰ろうとしていた。
 そこに、友達らと昼を食べていた朝のアイツが声をかけてくる。
「あ!無視すんなって、長谷ェ」
 2回目で、ようやく自分が呼ばれているんだと理解する。誰も俺を呼ばないから、反応できない。
 名前を言わなくても、アレとかソレとか、代名詞でこと足りる。
 こくん。一度頷いて、歩きだす。
 廊下に出たところで、教室から顔だけ出して「ばいばい!また明日な」と言われた。
 中学や高校の始まりを思い出す。
 これって別に普通のことだよな。それなのに、なんだか久しぶりの感覚だった。

 死ぬ前に名前くらい知りたいと思った。