3/30 金曜日 曇り

 目が覚めると、案の定まだ死ねてないことにがっかりしながら少しほっとした。まだ、1日あるし。
 起きあがると体がぎしぎしいった。あのままソファーで寝てしまい、体がそのまま固まってしまったようだ。俺は体を伸ばしながら天井を見つめた。
 もしこのまま死んだとして、今までの俺のために泣いてくれる奴なんていなかったから俺はそれでもいいと思っていた。だけど、もし、真崎が。
 せめて真崎だけでも俺のために泣いてくれると言うなら、俺は、真崎が泣かないために……俺のために流してくれる涙の分だけ――……
 考えるのが辛くて目をつぶった。
 せっかく諦めた1ヶ月だったから、諦めたからこそ過ごせた1ヶ月だと思ったから、不安ばかりが募った。
 死ねたら、もうあんな思いしなくてすむ。だけど、だけど……。
 生きたい、だなんて、俺には口に出来なかった。

 がちゃがちゃと、ドアノブが乱暴に回される音がした。兄貴はまだ帰ってこないはずだし、真崎は鍵を持っていない。
 俺は一番奥の部屋に入り、携帯の電源を入れて真崎にあてたメールを打ち込む。迫る恐怖に指が震える。上手く打てないのがもどかしい。
 簡素なソレは、無事に真崎に届いたらしい。即座に返された返事に、俺は3文字打ち返す。
 突如背後に被さる影に息が詰まる。ちょうど送信の終わった携帯を奪われ、部屋の隅に投げ飛ばされた。
 それでも、もう平気だと、俺の心は比較的穏やかだった。
「久しぶりだな……今まで何してた?」
 耳元で話しかけてくる声が、シャツの中に入る手が、気持ち悪かった。コウキ先輩だった。
「また、痩せたな……」
 残念そうな言葉。俺はその人の手を掴んで、体から離す。
「やめろ……」
 体を離したい俺を拘束するみたく、抱きしめられたのを無理に振り解く。
「もうやめろ!」
 頬を叩かれ床に押さえつけられた。
「もう嫌だ! あんな惨めなことしたくない! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ嫌だ」
 まるで癇癪を起こした子供みたいだっただろうけど、俺はじたばたと暴れて叫んだ。もう今まで何度も叫んできたことだけど、叫んだ。
 今までそれで何か変わったことはなかったのに。
 今日は、俺を押さえつける手が緩んだ。目の端からこぼれた熱い何かが原因なのかもしれない。
「……泣くな」
 コウキ先輩の目が動揺して、親指が不器用に涙を拭った。
「泣くなよ……」
 口がぱくぱくと開いて何かを話そうとするけれどコウキ先輩の口から音は出なかった。
「あんただってわかってるだろ……こんなことして、幸せなんかになれないって」

 間もなくして真崎が家に来る。
 コウキ先輩は一度だけ、俺にごめんと言って帰った。
 俺が襲われてると思った真崎がコウキ先輩に掴みかかろうとしたのを俺が止める。
 多分、多分変わったんだと思ったから、何かが。
 コウキ先輩のごめんは、許しを乞うものじゃなくて、心からの謝罪に思えた。

「真崎、ありがとう」
「ん、なんもしてないよ俺は」
「うん、ありがとう」
「頑張ったな」
 真崎は頭を撫でてくれた。労いの言葉が単純に嬉しかった。

 コウキ先輩は最初は優しかっただけなんだ。他の先輩に絡まれているところを助けてくれて、最初はただそれだけだった。会う度に俺のことを心配してくれたし、優しかったんだ。
 でも、他のやつに犯され始めて、それがバレた時に、コウキ先輩も同じことをしてきた。
 痛いとか、そんなことより、コウキ先輩にはただ、絶望した。
 それからも、ご飯くれたりしたけど俺を犯すことは止めなかったから、コウキ先輩が何をしたかったのかよくわからないんだ。
 でも多分、あの人は、優しいから。

 真崎の家への帰り道、俺が話し終わると真崎は悲しいな、と呟いた。
 俺は、真崎と繋いだ手が嬉しかった。