サイドストーリー:真崎1

サイドストーリー:真崎

「あいつって、ビッチなんだってさ。」
 夏休み明けのある日。同じ部活の野上(ノガミ)が言った。
「は? 意味わかんねー」
 俺は笑って流した。野上の言ったソイツは、小さく小さく、縮こまるようにしていた。

SIDE:真崎

 金曜の最後の授業中に、席替えをする。隣の席は長谷だった。
「お早う長谷」
 思えばこれが、ファーストコンタクト。人当たりがいい方の俺だけど、長谷とは全然しゃべったことなかったっけ。
 せっかくだからと話しかけたら。
 ぽかんと口を開けている長谷に、俺は小さく笑ってしまった。だって、まるで、言葉なんて初めて聞いたみたいな反応だった。
「なにアホ面してんだよ? お早う、って言ってんだろ」
 長谷の返事は小さくてか細くて、それでも俺は、何となく満足だった。
 それから、放課後帰ろうとしてた長谷を呼び止めたら一瞬無視されて結構焦った。長谷じゃなかったのか?!ってなるじゃん。
 帰るのか、そう聞いたらこくんと頷いてそそくさと帰る。長谷ってちょっと変な奴。

 長谷は普段、誰にも目が合わないように俯いてた。でも、隣の席なのに、会話がないなんて、変じゃないか?
 しつこくあいさつを繰り返す内に、少し変化してきた。
 朝、俺が来たのがわかると、少しだけ視線を俺に向ける。人によってはイラつく態度かもしれない。だって、チラ見してくるんだぜ?でも、俺にはわかるからいいんだ。
 長谷からあいさつしようとしてるって、わかるから。

 水曜から、木・金、休みを挟んで月曜日まで、4日間の球技大会が始まる。長谷も俺と同じ種目に登録されてた。
 バスケとサッカーなんて、長谷ふっとばされるんじゃないか?
「長谷、一緒の種目じゃん」
「え、」
「種目、サッカーとバスケだろ?」
「う、ん」
「行こうぜ」
「あ、」
「バスケもサッカーも体育館だからな」
「……うん、行こう、真崎」
 あれ、もしかして名前、初めて呼ばれた?

 長谷ってひょろひょろで、小さくはないけど骨と皮だけって感じ。だから補欠として登録されてたんだろうけど、今はメンバーが一人足りなくて。
「長谷危ない!」
 俺の言葉が届く前に、殺人ライナーなボールを顔面に受けた長谷は、ぶっ倒れた。受け身もとれないで倒れたから、地面に頭を叩きつける、嫌な音がした。
 試合は中断。残り数分もなかったから、そこで終了になった。俺は、起き上がらない長谷を抱き上げる。血は出てないみたいだけれど。
 同い年の男とは思えないくらい軽くて、びっくりする。
 保健室についてもしばらく目覚めなくて、不安になった。
試合には負けた。どっちにしろ、人数足りないし。バスケで頑張ればいいや、そう切り替える。

 今日の日程が全部終わって、仲間を連れて長谷の元へ。そのころには起き上がってて、ほっとした。
「明日は試合ないから、ゆっくり休めよ」
「うん。ありがとう」
 なんだか長谷と病室って、似合うと思った。
 儚げな長谷に、よく似合うって。

「お早う長谷、怪我大丈夫か?」
「うん、平気」
 こくんと頷く長谷。弟がいたら、こんな感じ?
 最初は何人かで試合を見て回っていたけど、途中から試合で抜けていって、気付いたら長谷と二人になっていた。鍵を開けておいた窓から忍び込む。暖房は効いてないからちょっと寒いけど、外よりマシ。
 最初はなに話したらいいのかわからなかった。長谷はあんまり自分から話すタイプじゃない。俺の話ばっかりだったけど、長谷が笑ってくれるから、まあいいか。
「でさ、何十億光年先には他の生命体がいるかもしれなくて。地球も太陽も、他の惑星から比べたらちっさい方なんだぜ」
「宇宙ってすごいんだな」
「ああ、すごいんだぞ。宇宙マジすげぇから」
 中身のない会話だけど、楽しかった。中身がない=意味がない、とは限らないって、俺は思うんだ。
「あ、そういえば長谷って、携帯持ってる? アドレス交換しよう」
「う、うん」
 長谷に友達がいないのは知ってた(ハブられてる、とかいうわけじゃないと思うけど。誰かと話してるの、見たことないや)。なんだか喜んでて、ちょっと照れる。
 たかがアドレス交換じゃないか。
 携帯をポケットから出して、一瞬顔をしかめた長谷。それから、何でもないような顔に戻って、アドレス交換。
hase_futami@
 簡素な長谷のアドレス。フタミって、どう書くの?いつか聞こう。
「ラブアンドピース?」
 長谷が言った。
「え? ああ、そうそう。よくわかったな」
masaki-l_and_p@
 適当に決めた俺のアドレスに意味はなかったけど。
「帰ったらメールするな」
 なんとなくそんな約束をしてしまうほど、俺は、新たな友情に浮かれてた。多分、球技大会ってイベントでテンション上がってたんだと思う。