サイドストーリー:真崎 2

 球技大会3日目の今日は、バスケだった。
 長谷は本当に運動が苦手らしい。3試合という日程を聞いて涙目になっていた。試合中も、ヒーヒー言いながら、今にも死ぬって顔してる。
 苦手でも必死になりながら、頑張ってるのが、いいと思うんだ。頑張る長谷だから、下手くそでも優しく見守りたくなる。
 なんやかんやで勝ち進めてるから、よしとしようよ。

「真崎! 野球勝ち進んでるらしいぞ」
「見に行こうぜ」
 また校舎に忍び込んでいたら、クラスメートの前崎と大塚に呼ばれた。
「マジで? 行く行く! 長谷はどうする?」
 俺が聞くと、長谷は首を横に振った。
「疲れたから、ここにいる」
 少し沈んだ笑みで長谷が言う。
「長谷、今日頑張ったもんな。じゃあ俺、ちょっと行ってくるな」
 俺が言うと長谷はこくんと頷いた。廊下で、手を振り合って。
 やっぱり、弟って感じ。

「なあ真崎、いつのまに長谷と仲良くなったんだ?」
 グラウンドに続く道の途中、大塚が俺に聞いた。
「あー……話すようになったのは、席替えしてからだな」
 なんでそんなこと?と思ったが、俺は最近のことを思い出しながら返す。俺の言葉に前崎と大塚が目配せして、嫌な空気。
「あんまりいい噂聞かないから、付き合わない方がいいぞ」
 前崎の言葉に、胸くそが悪くなるのを感じた。
「長谷が? なんかの間違いじゃないのか? そういうタイプには見えないけど」
 試合が3本あるって聞いて涙目になるようなやつだぞ。その噂とやらの信憑性もだけど、一瞬前まで一緒にいた奴の陰口なんて、気分悪い。
 俺がそんな感情丸出しで言ったのが伝わったみたいだ。
「そんな怒るなよ。真崎だって、最近話すようになったんだろ?」
 それはそうだけど。
「俺もよくはわかんないけど、なんか先輩から目つけられてる? とか聞いたけど」
 大塚が言った。
「は? なんで」
「だから、よくは知らないって」
「でも結構マジみたいだからさ、念のためっていうか」
 念のために、仲良くするな。って。
 2人なりの気遣いなんだろうけど、他人の意見で人を評価するのは、嫌だった。俺はあいまいに返しながら、2人の後ろを歩く。

「ん……?」
 呼ばれた気がして振り替える。2階の渡り廊下の窓に、長谷を見つけた。少し遠くて表情はよくわからなかったけど。
 手を振る長谷に、俺も振り返した。

 俺の知らない長谷がいたとして。俺の知ってる長谷は、臆病で、人見知りだけど、頑張る奴だ。
 俺にとって長谷はいい奴だから、そうじゃない部分は、それを見てから評価したい。
 知らないのに嫌うなんて出来ない。
 渡り廊下を走る長谷を見ながら、俺はそう思った。

 今日の日程が全部終える頃、教室に戻ると長谷はいなかった。先に帰ったのかと思ったけど、なにも言わないで帰るって、ないだろ。
 しばらく教室で前崎と大塚と話ながら待ってみる。
「やっぱ先帰ったんじゃね? 鞄もないし」
 大塚がそう言った。
 そうだよな。いつまでも待ってても、そもそも一緒に帰る約束をしたわけじゃないし。
 メールだけして、帰ることにした。
 大塚達と歩いて他愛ない事を言い合っていると、そういえば長谷とはもともと話しすらしたこともない事を思い出した。
 メールはそれからもう一度送ったけど、返事は来なかった。

 月曜日、球技大会の最終日。
 俺たちは上位リーグに入ってるから、当然試合はある。長谷だってそれは当然知ってるはずなのに、学校に来てなかった。
「なんだよ長谷、サボリか?」
 同じチームの小野崎が言った。
「筋肉痛で動けないのかもな」
 俺はいいながら、長谷にメールを送る。
 返事は来なかった。

 次の日になっても、長谷は来なかった。
 長谷は今までほとんど休んだことがなかったらしい。そういえばそうかも。存在感はないけど、いつもいたんだな。
 って、失礼なことを思う。
 先生も、珍しいな、なんて言ってた。
 そう。長谷は意外と真面目な奴なんだ。だからきっと、昨日来なかったことも、返ってこないメールも、事情があってのことなんだ。
 そうやって自分を、納得させるのに必死だった。

 大塚と前崎の言っていたことを思い出す。噂はほんとうで、先輩となにかあったとか?
 自分のバカらしい発想に、まさか、と頭を横に振る。
 まさか。風邪でもひいたか、筋肉痛が続いてるか、だろ。空席の隣を見ながら、鼻で笑う。
 長谷にメールを送る。
 なんでもいいから、返信こい!と、祈りながら。