「今日はヒップラインが綺麗だけど、パンツは穿いてないみたいだな」
そいつはいつの間にか後ろに忍び寄り、左手の人差し指でおれの左ケツをツンと触れた。
「お前がそうさせたんだろ」
なにせ、自身が今身につけている下着以外全て洗濯機にぶち込むという横暴に走り、おれがパンツを穿くには洗剤まみれの水浸しになるしかなかった。
仕方なくパンツを穿かないという選択肢を選んだのだ。
あれから8年が経ったが、おれは尚もあいつと一緒にいた。しかも、なんの因果か同居している。
初めて公開脱糞させられたその日、親に泣いて転校させてくれと頼むも、残りの小学校生活は僅か。我慢しなさいと叱られる。おかげさまでその日からおれのあだ名は「うんこ男」となった。
そんな屈辱から逃れるため、土下座して私立の中学を受験、合格。知り合いのいない学校で新しい生活を送る期待を胸に入学式、なぜかあいつは横にいた。
その時、おれは悟った。こいつから逃れるのは、無理だ。
あいつは事あるごとにおれを「うんこ男」と呼び、あの事件の詳細を事細かに添えて周りに言いふらした。
子供はうんこが大好きだし、そう呼べるだけの事実があるから、みんなこぞってうんこ男と呼んでくれた。そのたびあいつに殺意が湧いたし、実際殺そうかと試みた事もあった。
けれどあいつは一枚上手だった。「うんこ男」というあだ名はあいつが広めたくせに、あいつだけはおれの名前を呼ぶのだ。
紛れもなくあいつが原因なのに、おれの居場所はあいつの横しかなかった。
そんな腐った青春を送って、大学二年生。二人で縺れ込むようにトイレの個室に入る。
あいつの手がおれのジーンズのボタンを外し、チャックを降ろす。狭い空間で息苦しい。
「ノーパンジーンズって怖くない?」
「めっちゃ怖いけど」
チャックにちんこを挟まれる恐怖は一入だった。
膝までズルズルと降ろされると肩を押さえつけられ、おれは便器に座る。その前にあいつが立ち、ジーンズで上手く動かせない足を高く上げさせられる。
「赤ちゃんみたい。オムツ変えますよ、みたいな」
「黙れ。この体勢きつい、早く」
「はいはい」
あいつは薄ら笑いを浮かべ、おれのケツ穴に浣腸の口を当てる。まるで浣腸されることをおれが強請っているようだが、そうではない。
大学に入ってから始まったゲーム。浣腸を注入した状態で講義を受け、脱糞を我慢するという死のゲーム。おれはそれを受け入れるしかなかった。
「それじゃあ、今日も1日頑張ってください」
棒読みのような言葉がゲームの始まりの合図。少し冷たい浣腸液が注入され、背筋がゾクッとした。そして間髪入れずに二つ目が注がれる。
「んっあ?!ちょ、ちょっと待てよ、二つって……」
浣腸一つでも辛いのに、二つなんて入れられたら絶対にやばい。焦るおれとは対照に、あいつは冷静に言う。
「だって最近余裕そうじゃん?俺はお前がもっと切迫して、苦しみながら、うんこを漏らすのを見たい」
とんだクソ野郎だ。
真顔なのが怖かった。おれはこいつになにかしたのだろうか。ここまでに執着させる、なにかを。
垣間見た狂気に言葉を失ったおれは、誤魔化すように次の作業へ移る。トイレットペーパーをぐるぐると巻き、細く畳んで二つ折りにする。その折り曲げたところをケツにねじ込んだ。質の悪いトイレットペーパーの塊をねじ込むのは穴が擦れて痛かったが、こうでもしなければ浣腸液が漏れてしまう。このゲームを耐えるための苦肉の策だった。
「ケツ穴痛え」
「痔だな」
「マジでなったら、お前のケツ無理やり犯して裂いてやる」
「楽しみだよ」
軽口を叩きながらジーンズを穿き直す。あいつがチャックに手を伸ばすから、恐怖で鳥肌が立った。
「いって、毛ェ挟んでる」
案の定チャックに毛を挟まれ、痛みに呻いた。
「お前のチン毛もじゃもじゃだよな。俺は直毛だから、なんか面白い」
小声でジャングルもっじゃもーじゃ、と呟きながら、チン毛を指に絡みつけて遊ばれる。
「人のチン毛で遊ぶな……痛いっ」
プチッと何本か引き抜かれる。
「なあ、いっそパイパンにしようぜ。それか脱毛?」
「しねえから」
おれの言葉なんか聞きもしないで、また歌いながらチン毛を弄んだ。
「その歌歌うのやめろ」
おれが言うと、楽しそうに笑った。その面を叩きのめしたい。脳内にある将来こいつにし返すリストの内容がまた一つ増えた。
「なあ、人生一度くらいチャックにちんこ挟まれる経験は必要だと思う」
「そんな経験お断りだし、そんなにやりたいならお前がやれ……ぎひっっっ」
想像以上の痛みに目の前が真っ白になった。いつか殺す。